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押しの一手⑤
いや、待てよ…この普通の作りのアパートは恐らく隣に音が漏れる。
「決めた。俺のマンション に連れて帰る。」
そのまま檸檬を持ち上げた。
「ひゃぁっ」
檸檬は落ちないように俺の首にしがみ付いた。
「しゃっ、社長、待って!
俺、こんな格好だし、そんなっ、抱っこしたままなんて…下ろして!」
「おっ、やっと『俺』って言ったな。
誰も見てない。見られてもいい。
大切な伴侶を連れて行くんだ。抱いて行って何が悪い。」
「自分で、自分で歩きます!お願い下ろして!」
ジタバタと暴れる檸檬を仕方なく下ろした。
だが、手はしっかりと繋いだままだ。
「さ、行くぞ。」
有無を言わさず玄関へ。
檸檬は何か言いたそうだが黙って俺のなすがままだ。
白いスニーカーを突っ掛けた檸檬を外に連れ出すと鍵を閉めさせた。咎めるような上目遣いで見つめられる。
「愛してるよ。」
見つめ返して耳元で囁くと
「狡いです…」
と唇を尖らせた。
俺はまた手を繋ぎ直すと、コインパーキングに向かった。自然と指を絡め合い、恋人繋ぎへと変わっていた。
新興住宅地で日中は共働き世帯が多いせいなんだろうか、誰一人すれ違う人もいない。
檸檬を助手席に押し込めシートベルトを掛ける。
「もう逃がさない。」
悪役のようにニヒルに微笑むと、檸檬は恥ずかしげに俯いた。
運転中も左手でしっかりと檸檬の手を掴み…檸檬もそれに抗うことはない。
あ、そうだ…家に何か潤滑油代わりになる物はなかったか…ハンドクリームかボディソープか…
きっと後ろは“ハジメテ”なんだろうな。
俺としては、舌先で愛撫しながらこじ開けていきたいんだが…それは拒否されるんだろう。
痛くないように怖がらせたりしないように、優しく開いてやらなければ。
用意周到な邪な考えに頭を巡らす。
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