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本領発揮(4)

「何だ今の…」 思わずひとり言が溢れた。 やっぱり俺があの店に行くことを分かってたんだ。 それに、小声で良く聞き取れなかったけれど、この布地のことを知ってるみたいな口振りで。 すみれさんと知り合いなんだろうか? まさか、身内? オマケに俺が裁縫が得意なことも知ってた! 恐るべし、聡子さん。 あの人、一体何者なんだろうか。 何処まで俺のことを調べ尽くしてるんだろうか。 次々と湧いてくる疑問に暫くフリーズしていたが、目の前の反物に催促された気がした。 『れもーん、何やってんの。早く仕上げてよぉ!』 「ごめんごめん。 では…満さんの素敵な浴衣になりますように、心を込めて縫わせていただきます。 よろしくお願いします!」 パチンと音を立てて合掌し、丁寧に頭を下げる。 取り掛かる前に毎回すると決めている、無事に仕上がるように思いを込めた願掛け。 両手を合わせて布地達に感謝する。 気合注入! 檸檬、しっかり! よし、これで大丈夫。 大きく深呼吸してもう一度目を閉じた。 久し振りの縫い物に、俺の手先の感覚は覚えているのかどうか少し不安だった。 でも、は俺を受け入れてくれてるから大丈夫!、と気持ちを奮い立たせて型紙を置いていく。 これを着た満さんの笑顔を浮かべながら。 ジャキッ、ジャキッ 惑うことなくハサミを入れる。 よく手入れのされた道具達は、すぐに俺の手に馴染んでくれた。 ありがとう。 君達も俺を受け入れてくれたんだね。 滅茶苦茶嬉しくなってきた。 重なって隠れてしまう右裾の内側に、こっそりと刺繍を施した。 満さんは気付いてくれるのだろうか。 突然、部屋が明るくなった。 「朱音さん…」 「檸檬さん、余り(こん)を詰めたら肩凝りが酷くなるわよ。 今日はそれくらいにして続きは明日にしたら? 縫い物をするには、もう暗いわよ。 晩ご飯もできてるから早くいらっしゃい。」

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