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お目通り(2)

一瞬何を言われたのか分からなかった。 「聞こえませんでしたか?今日で修行は終わりです。」 「え…終わりって……俺、クビですか?満さんの伴侶として相応しくないと判断されたのですか?」 突然の通告に心臓が止まりそうになった。 目を大きく見開いた後、ほほほっ、と軽やかな笑い声を上げた聡子さんは 「必要なことは粗方教えましたから、後は追々学んでいただければよいのです。細々としたことが沢山ありますからね。 その時でないとお伝えできないこともありますし。 明日は、満様の婚約者として御隠居様とお会いになって下さい。 檸檬さん、あなたは本当によく頑張りました。 満様もきっとお喜びになりますよ。 部屋の荷物は客室へ移動していただきます。 今から纏めて下さい。準備ができたらご案内します。」 「聡子さん……認めて…下さったのですか?」 「ええ。思った以上の出来栄えでしたよ、檸檬。」 「ありがとうございますっ。 これからも精進いたします。 至りませんが、どうぞよろしくお願いしますっ。」 俺はソファーから滑り降りると、両手をついて頭を下げた。 実感がない。 頭が上手く回っていない。 ここに来てからの様々なことが、一瞬で頭を駆け巡っていた。 聡子さんの柔らかな声がした。 「檸檬様。どうぞ頭をお上げくださいませ。」 ゆっくりと顔を上げた俺に近付くと、両手をそっと包んできた。 「これからは誰が何と言おうと、堂々と胸を張って満様を支えて下さいませ。 当主が曲がった道へ進もうとした時に、諫めることができるのは檸檬様、あなたしかいません。 遠慮せずに正しい選択を。 我々も命を掛けてお守り致します。」 「聡子さん……」 「檸檬様、あなたは金山満の生涯唯一の伴侶になられる方。 今のまま、美しい心で満様を引っ張っていって下さいね。 隠れた“カカア天下”は幸せになりますよ。」 あとからあとから零れ落ちる涙を聡子さんはそっとハンカチで拭ってくれていた。

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