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お楽しみはこれまで(3)

「嘘だろ……」 檸檬は、持っていたグラスを畳に転がし、俺の浴衣の胸元を握りしめて、夢の中へひとり行ってしまっていた。 俺にしがみ付くような格好なのはとてもとても嬉しいのだが、これじゃあ俺は、お預け食らってヨダレを垂らす犬みたいじゃねーか。 「檸檬…起きて、檸檬…」 ゆさゆさと肩を揺すってみたものの、檸檬はすぅすぅと寝息を立てて起きやしない。 「なんてこった…」 これからお楽しみタイムに突入だったはずなのに、肝心の相手が爆睡中だなんて。 まさか寝ている相手にヤるなんてできないし。 「檸檬…お預けなんてあんまりだよ…」 ぼやいてみても、檸檬は起きてはこない。 はぁ…俺、飲むって言わなきゃ良かった… せっかくの離れも、何の意味もなさないなんて、悲し過ぎる。 最高の誕生日が最低の誕生日にすり替わった。 むむっ、人生山あり谷あり。こんなもんだ。 全て上手くいったら後が恐ろしい。 そうやって自分を納得させると、よっこいしょと檸檬を横抱きにして、元の部屋に運ぶ。 意識のない人間を運ぶのは一苦労だ。 いつも軽々と持ち上げる檸檬の身体は、ダンベルがついたように重かった。 「ううっ、重っ…」 ついつい言葉にも出てしまう。 やっとこの思いでベッドに横たえると、檸檬に布団を掛けてやった。 ふぅ 思わず漏れたため息をその場に残して、俺は檸檬のおでこにキスをすると、もう一度食事をした部屋に戻った。 冷えた新しいグラスを取り出し、飲みかけのワインを手酌で注ぐ。 寂しいなぁ…つまんねぇ… 明日の朝、目覚めた檸檬は、己の今夜の失敗に気付いてきっと『ゴメンナサイ攻撃』してくるんだろうな。目に涙を一杯溜めて。 まぁ、今日が最後なんてことはないだろうから、温泉旅行くらいまた来ればいいし。 俊樹には 『美味いものを食べれたし、いい湯だった』 とお礼を伝えるようにしよう。俺が言わなくても、多分檸檬から耳に入るんだけどな。

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