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惚気(4)

運がいいことに、奥の個室はフリーだった。 顔見知りのウェイターに人差し指で奥を指すと、にっこりと微笑んで“どうぞ”のジェスチャーをされた。 赤石を伴ってゆったりとした欅の長椅子に対面で腰掛け、メニューを取り出した。 「赤石、何にする?俺は…アイスコーヒーにでもするか…」 「白熱して話してたから喉乾きましたよね。 俺もそうしよう。 それと…たまごサンド。 社長、半分こしましょうよ。全部食べたら晩飯が入らなくなる。 すみませーーん!」 赤石は俺の返事も聞かずに注文を通した。 相変わらず強引なマイウェイ(ゴーイングマイウェイ)な男だ。 俺がたまごサンドが好きなことを知っててのセレクトなんて、腹が立つ。 強引なくせに気配りするって、相当モテるはずだ。 ちょっと揶揄う気持ちで 「晩飯残したら叱られるのか?くくっ」 と言うと 「ウチのやつの飯はこれがまた美味いんですよ! 一食たりとも無駄にはできません。 まぁ、『社長と外に出てくる』と伝えた時点で、夜のメニューは軽めの胃に優しいやつがでてきますよ。」 なんて惚気やがった。 「うーん、確かに若林は料理上手だと聞いているが…ウチのやつだって負けてはいないぞ。 おい、赤石。顔が崩れてる。」 「えっ!?社長こそ。 俺を誘ったのって、何かお話があったんじゃないですか? しかも個室だなんて。 どうしたんですか?新婚早々まさかの倦怠期ですか?」 「ばっ、バカヤロウ。そんな訳ないだろ? 実に安泰、ラブラブハッピーな毎日だよ。」 「じゃあ人事に関することですか? 誰か内偵進める輩でもいるんですか?」 「そんな声のトーン落とさなくても大丈夫だよ。 実はな」 「失礼します。お待たせいたしました。 アイスコーヒーとたまごサンドです。」 「あぁ、ありがとう。」 「ごゆっくりどうぞ。」 後ろ姿を見送り、携帯の画面を開いた。

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