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取越し苦労(1)

暫くして、黒原さんが戻ってきた。 何やら紙袋を片手に嬉しそうだ。 「今度本家に持って行く手土産の試食をしてもらおうと思って。」 「…仕事中にあんな… すみません、今後気を付けます……お気を遣わせて申し訳ありませんでした。 ほんっとうに申し訳ありませんでしたっ!」 「いいんだよ。俺も私用で抜け出したかったから。 これ限定販売でさ、仕事終わってからじゃ売り切れになることが多くって、中々手に入らなかったんだよ。 お陰でやっと買うことができた。 結構な行列でさ…あの中に並ぶのは勇気がいったよ…ほとんど女性なんだよ…恥ずかしかったぁ。 檸檬君、緑茶入れてもらおうかな。」 「はい!」 あー、もう、黒原さんには敵わない。 恥ずかしさMAXの状態だが、ご所望通りにお茶を入れてテーブルに出した。 満さんは何事もなかったかのように平然としている。ほんの少し前までの不機嫌さは何処へ行ったのか。 ちら、と視線が交差して…俺は下を向いてパントリーに逃げ込んだ。 満さんと黒原さんの話し声が聞こえる。 「おっ、美味そう!お袋が好きそうなやつだ。 俊樹の甘味アンテナはハズレがないからな。 一体何処から情報集めてくるんだ? ネットや本だけじゃないだろ? いっただきまーす!………うん、美味い!」 「ははっ、秘密だよ。煽てても何も出ないぞ。 満のOKが出たら間違いない。よし、これで決まりだ!」 一頻り甘味談義に花が咲き、暫くしてお開きとなった。 うーん、それにしても何処から…なんて考えていると、満さんの携帯が鳴った。 黒原さんの携帯も鳴っている。 「…はい、もしもし。 はい、は…え?親父が? 何処で!?はい、はい……で、状態は? ……そうなんですか… はい、分かりました。すぐに向かいます。」 お義父さんに何かあった!?

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