334 / 371

取越し苦労(6)

その後、俺達は最寄りの定食屋に車を停め、食べたか食べないか分からない気分のまま食事を済ませて、お茶を啜っていた。 「みんな、本当に心配掛けちゃってごめんなさいね。 でも、あの時はもうダメかと思ったのよ。」 「そりゃそうだろ。 突然あの健康オタクがそんなことになったら誰でも動転するさ。 それでもよく早めに救急車呼んで行けたよな。 まぁ、最悪の事態は越えたみたいだし…檸檬も俊樹もありがとうな。」 「お話を伺う限り、今のところ後遺症もなさそうですしひと安心ですね。 …でもご心配でしょうから、明日は社長と檸檬君はお休みいただくように調整します。」 「俺までいいんですか!?」 「檸檬がいてくれた方が俺は助かる。」 「そうよ!お願い、檸檬君もいて頂戴。私はその方が心強いわ。」 「こちらのことはご心配なく。 檸檬君、についててあげて下さい。」 黒原さんの《ご家族》という言葉に、ぐっときた。 戸籍上もこの人達の『家族』の一員で良かったと、この時改めて思った。 そうでなければ、入院しているのは一緒に暮らしてる『夫の父親』だといくら主張しても 《ご家族以外の方は入室禁止です》 なんて言われたらそれでお終いだ。 俺は黒原さんにお礼と迷惑をかける旨の謝罪を言い、満さんとお義母さんに「喜んでお供させて下さい」と答えた。 家に向かう車中は、誰かが話し掛けると誰かがぽつりとひと言返すだけ。 会話のキャッチボールはなかった。 それだけ気を張り過ぎて疲れていたんだ。 俺はお義母さんが泊まりの用意をしていないことに気付いて、コンビニに寄ってもらった。 ここで下着や化粧品の最低限必要な物は揃うだろう。 レジで会計をしていると 「檸檬君、ありがとう。私、自分のことなのにぼんやりしてて気付かなかったわ。 あなたは本当に気が利くのね。 ありがとう。」 優しく頭を撫でられた。 ちょっと困って、いいえ、と首を振ると、お義母さんは満面の笑顔で言ってくれた。 「あなたで良かった。ううん、あなたが良かった。」

ともだちにシェアしよう!