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取越し苦労(6)
その後、俺達は最寄りの定食屋に車を停め、食べたか食べないか分からない気分のまま食事を済ませて、お茶を啜っていた。
「みんな、本当に心配掛けちゃってごめんなさいね。
でも、あの時はもうダメかと思ったのよ。」
「そりゃそうだろ。
突然あの健康オタクがそんなことになったら誰でも動転するさ。
それでもよく早めに救急車呼んで行けたよな。
まぁ、最悪の事態は越えたみたいだし…檸檬も俊樹もありがとうな。」
「お話を伺う限り、今のところ後遺症もなさそうですしひと安心ですね。
…でもご心配でしょうから、明日は社長と檸檬君はお休みいただくように調整します。」
「俺までいいんですか!?」
「檸檬がいてくれた方が俺は助かる。」
「そうよ!お願い、檸檬君もいて頂戴。私はその方が心強いわ。」
「こちらのことはご心配なく。
檸檬君、ご家族についててあげて下さい。」
黒原さんの《ご家族》という言葉に、ぐっときた。
戸籍上もこの人達の『家族』の一員で良かったと、この時改めて思った。
そうでなければ、入院しているのは一緒に暮らしてる『夫の父親』だといくら主張しても
《ご家族以外の方は入室禁止です》
なんて言われたらそれでお終いだ。
俺は黒原さんにお礼と迷惑をかける旨の謝罪を言い、満さんとお義母さんに「喜んでお供させて下さい」と答えた。
家に向かう車中は、誰かが話し掛けると誰かがぽつりとひと言返すだけ。
会話のキャッチボールはなかった。
それだけ気を張り過ぎて疲れていたんだ。
俺はお義母さんが泊まりの用意をしていないことに気付いて、コンビニに寄ってもらった。
ここで下着や化粧品の最低限必要な物は揃うだろう。
レジで会計をしていると
「檸檬君、ありがとう。私、自分のことなのにぼんやりしてて気付かなかったわ。
あなたは本当に気が利くのね。
ありがとう。」
優しく頭を撫でられた。
ちょっと困って、いいえ、と首を振ると、お義母さんは満面の笑顔で言ってくれた。
「あなたで良かった。ううん、あなたが良かった。」
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