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取越し苦労(9)
満さんは俺をじっと見ていたが
「檸檬、いいのか?
お前の気持ちは嬉しいが、無理して変な気を回す必要はないんだぞ?」
「無理じゃないです!俺がそうしてほしいだけですから…」
「今でさえ気を張って神経をすり減らして帰ってくるのに、ホッとする暇もなくこのお袋の相手もしなくちゃならんのだぞ!?
これから仕事も忙しくなってくるというのに…今度はお前が倒れでもしたらどうするんだ?」
「満さん、大袈裟。
でも、残業になったらご飯の手抜きはするかも…」
「手抜きが悪いと言ってるんじゃない。
檸檬の身体が心配なんだ。お前は余計なアンテナを張り過ぎる。
もっと肩の力を抜いて」
「だから!俺は大丈夫って」
「はい、ストップ!!!」
俺達の話に割って入ったお義母さんの大声で、満さんと俺は吃驚して固まった。
お義母さんは俺たち2人の顔を交互に見ながら
「檸檬君、あなたの気持ちはとても嬉しい。
お父さんや私を気遣ってくれてるのは重々分かる。
でもね。」
すっと立ち上がると、俺の頭をぽんぽんと撫でると
「自分の身体と心と。バランスをちゃんと取らなきゃ。
『無理してない』って思ってても、特にあなたみたいに自分より他人のことに気を巡らせる人は、案外負担になってることが多いの。
『もうダメ』って極限にならないと気付かないものよ。
今夜はお世話になるけど、明日からは私はホテルで大丈夫。
さっきの様子では、お父さんも落ち着いているからね。心配いらないわ。
檸檬君の気持ちだけで十分よ。その優しい気持ちだけいただくわ。
本当にありがとう。満は本当に良い伴侶に恵まれたわね。私も鼻が高いわ。」
丁度その時、お湯張り終了のメロディが聞こえてきた。
「あ、俺行ってくるよ。」
満さんが先を立って行ってしまった。
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