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取越し苦労(12)

パタパタパタ カチャッ 「お先にありがとう!あー、いいお湯だったわー……満、何やってんの?」 お義母さんが戻って来る気配に吃驚した俺は、咄嗟に満さんを突き飛ばすような感じになってしまって…満さんは見事にソファーの下に転げ落ちて寝っ転がっていたのだった。 「…いや、別に、何も。」 「…そう。追求しないでおく… 檸檬君、お陰でリラックスできたわ! スウェットもありがとう。 あー、喉乾いちゃった。お水貰えるかしら?」 「はっ、はいっ! あ、お義母さん、さっき買ったアイスもありますよ。水と一緒に持ってきましょうか?」 「あら、そう?じゃあ、いただくわ。」 「…俺、風呂に入ってくる……」 「あ!満さん、後でタオル出しておきますね!」 「うん、ありがと。」 満さんが、とぼとぼとバスルームに消えた瞬間、お義母さんが大爆笑し始めた。 「あはははっ…くっくっくっ…あっはっは…おー、ダメだ、お腹痛いっ…くっくっくっ…」 お腹を抱えて、ひぃひぃと笑うお義母さん。 俺は(イチャついてたの、絶対バレてる!)と気が気でなくてその場に固まっていた。 「…くっくっ…はぁ…ごめんね、檸檬君。 馬鹿にしてるんじゃないのよ。 あの満がね…誰にも何にも執着しなかった子が、別人みたいになっちゃって…… ふふっ…親として嬉しいの。 大袈裟だけど、やっと人間になれたか!って。 うちは、ほら。特殊な環境でしょ? 心を許したら即利用されたり、裏切られたり。 それはまぁ、色々あるのよ。 だからね、小さい時から人を見る目を養わなくちゃって、そういう教育をしてきたもんだから、そう簡単には人に心の内を見せないのよ。 表面上の見た目は『とてもいいひと』なんだけどね。」 そしてお義母さんは俺の手をぎゅっと包み込んだ。

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