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取越し苦労(26)

満さんが吃驚したように聞いてきた。 「檸檬、怒ってないのか?」 「んー…最初は少し腹が立ったけど…もういいんです。 満さん、もう少しこうしてぎゅってしてましょうね。」 俺はできるだけ優しく答えると、満さんの頭を抱きしめてそっと撫でた。 俺が怒ってないと分かったのか、満さんはほおっ…と大きく息を吐くと、抗わずに俺の胸に擦り付いた。 “大丈夫、大丈夫…” おまじないのように心で呟きながら、甘えてくる満さんがかわいくてならなかった。 「…檸檬、もう大丈夫だ。ありがとう。 お前のお陰でいつもの俺に戻ったよ。 親父の顔を見に行こうか。」 「はい! あの…結局黒原さんにも迷惑かけちゃったんですよね…」 「そんなこと、俊樹は気にしないよ。 さ、着替えよう。」 身支度を済ませた俺達は、満さんの車で病院に向かった。 途中、お義母さんからメッセがあった。 『思った以上に経過が良くて、ICUからナースセンター真横の個室に移れました。 まだ眠ってるけど、顔色も良いわよ! 心配掛けてごめんね。』 「満さん!お義父さん、個室に移ったそうですよ!良かったですね!」 「…そうか…」 これでお義母さんもひと安心だろう。 みんな昨日から心臓が縮みそうな思いをしているから… そうだ!今日の晩ご飯は、飛びっ切り美味しいものを作って食べてもらおう! 後でお義母さんの好きな食べ物聞かなきゃ! コンコン 開けっ放しのドアを控えめにノックして、中を覗き込む。 …幾本かの点滴と、鼻にチューブを刺したお義父さん…… 「おっ、満!檸檬君!来てくれたのか?」 「親父、目ぇ覚めたのか?何だ…元気そうじゃないか。」 「お義父さん…」 いつも溌剌としたお義父さんとは違う…その姿を見て、胸がぎゅっと詰まる思いがした。 「いやぁ、面目ない。でも、もう大丈夫だ。 心配掛けて悪かったな。」 おいでおいで、と手招きされた。

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