357 / 371

取越し苦労(29)

デート…デート… 俺達は“こんな関係”だから、普通の恋人や夫婦のように堂々と逢瀬を楽しむことなんて、殆どなかった。 「(たま)にはいいだろ?」 振り向く満さんは悪戯が見つかった子供のよう。 「はいっ!」 自然と手を繋がれ、その手を振り解くこともなく店内へ入った。 「檸檬は何にする?新商品も出てるぞ。」 「あ…俺、普通のカフェオレがいいです。」 「何だ。遠慮しなくてもいいんだぞ? それでいいのか?」 「はい。甘過ぎるとお昼ご飯が入らなくなりますから。」 「そうか…じゃあ」 満さんが注文を終え、出来上がりを待っている間に晩ご飯の相談をする。 「満さん、昨日もバタバタしてましたし、今夜は腕によりを掛けますから、うちでゆっくりお義母さんにご飯を…と思ってるんです。 お好きな物…何がいいでしょうか?」 「そんな気を遣わなくても…でもありがとう。 お前のそんな気持ちが嬉しいよ。 あ、ちょっと待ってて。」 満さんは俺の分も持ってきてくれ、奥のテーブルへ俺を促した。 「ありがとうございます!」 「お袋は…好き嫌いのない人だからなぁ… 好物は…肉だな。トンカツとか好きだぞ。」 「じゃあ、トンカツで決まりですね! あとはサラダとスープと……」 「あー…もうお腹が空いてきた… 昨日は流石にダメだったけど、今夜も檸檬の美味い飯が食べれるのか。 こんな出来たヨメを貰って俺は幸せ者だなぁ。」 「満さん、褒め過ぎです。」 「くくっ。事実だから仕方がないだろう? 昼は…お袋連れて外に出るか。 気分転換も必要だろうし。まぁ、親父は寂しがるだろうけどね。」 「本当に仲が良いんですね。 …俺と満さんも、そう…なれるかな…」 「俺はそのつもりだが?」 「満さん…」 「檸檬…」 あああーーーっ!ここ、店の中だぁーーっ! 慌てて体を引いて、熱い抱擁が始まりそうなのを阻止した。

ともだちにシェアしよう!