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取越し苦労(30)
俺は小声で訴えた。
(みっ、満さんっ!ここ、お店の中っ!)
満さんはくすくす笑いながら
(知ってるよ。ここは死角になるから誰にも見えない。大丈夫さ。)
(だって防犯カメラが)
(あんなモノ、万が一の時のために録画してるだけで、大規模店舗みたいに四六時中誰かが監視してるんじゃないんだから…
それにレジ周りを中心に撮ってるから、この辺までは映らないよ。)
(でも)
(そんなに不安ならもうしない。ごめんね、檸檬。
浮かれて調子に乗っちゃった。)
(……キスされるのが嫌じゃないんです…
こんな、誰かが見ているかもしれない、こんな場所じゃ嫌なんです…)
「くっ…檸檬…もう、出ようか…」
何故か満さんは唸っていた。
どうしたんだろう。俺、何か変なこと言ったかな…
せっかく席を確保したのに、満さんに促されて店を出た。
「檸檬、少し歩こうか。」
「あっ」
片手は紙コップで塞がれ、空いた片手をさり気なく絡め取られた。
「満さん、こんな道路で」
「手を繋ぐくらい、いいじゃないか。
恥じる様な仲ではないし、誰に見られても俺は平気だ。」
今日の満さんはどうしたんだろう。
そのまま手を繋いだまま、川のほとりの歩道を歩いて行く。
「風が気持ちいいな。」
「はい。」
こんなシチュエーション初めてで、ドキドキしている。
犬を散歩中の人やランニングを楽しむ人達と出くわすが、誰も俺達に変な視線を向けたりしない。
「こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
和やかにすれ違いながら挨拶を交わす。
自然体。
そうか、これでいいんだ。
満さんを見ると、口角が上がっている。
ご機嫌さんなんだ。
道端には名前も知らない白や黄色の花が咲いている。
目にも鮮やかな新緑の葉が影を作り、日差しをやわらげてくれている。
「満さん、楽しいですね。」
「ふふっ、そうだな。こんなの初めてだもんな。もっと早くにこうしてれば良かった。」
きゅ、と絡めた手を強く握られた。
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