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取越し苦労(31)

「あそこに座ろうか。」 手を繋いだまま、満さんと一緒にベンチに座った。 「少し歩くと汗ばむな。ここは日陰になるし風が通って気持ちいい。」 「…満さん、何かあったんですか? 今日、いつもと…」 「違う、って言いたいのか?」 「…はい。」 満さんは俺を見て微笑み、繋いだ俺の手の甲を親指でそっと摩った。 そして、俺の目をじっと見つめて… 「檸檬と過ごす時間を大切にしたい、俺がどんなに檸檬を愛しているのかを常に伝えたい、後悔したくない、そう思ったんだ。 親父が倒れて命に関わる状態になって…人間の“明日”なんてどうなるか分からない。 あれだけ健康に気を使ってた親父ですらそうなんだ。 今、もし俺に何かあったら、檸檬に言いたかったことやしてやりたかったこと、一緒にしたかったことなんか伝えないままになってしまう。 その時その時、いち日いち日を大切に生きていきたいな、って思ったんだ。 だから、こうやって手を繋いで外を歩くことも躊躇しない。何も恥ずかしいことはない。 だって俺達は愛し合ってる夫夫なんだから。 檸檬は?恥ずかしい?嫌か? 檸檬が嫌なら控えるけど。」 俺はふるふると首を横に振った。 「最初は吃驚したし恥ずかしかったけど… すれ違う人達は普通に挨拶したりしてくれたし… 俺、満さんとこうして手を繋いで、デート…ずっとしたかったんだ。 俺も、満さんと過ごす毎日を大切にしたい。 後悔したくない。」 ふっ 破顔した満さんに、頭をくしゃっと撫でられた。 「そうか。良かった。 じゃあもう少しラブラブデートを満喫するか。」 「ふふっ、はい!」 それから、お義父さんやお母さんのこと… たわいのない話をした。 俺達はいつもより饒舌だったかもしれない。 「あっ!満さん、お昼過ぎちゃいました! お義母さん、待ってますよ!」 「息子夫夫のデートに口を挟むほど野暮じゃないさ。」

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