4 / 9

第4話

商業エリアはずいぶん様変わりしている。 新駅ができ、まっすぐだった大通りは立体化され、見覚えのない風景。 スーパーや飲食店もずいぶんたくさんできている。 変わったものだ。もう、別の町だ。 そんな景色を傍目に学内に入ると、そこはまだあの頃と基本あまり変わっていないようだ。事務棟で用事を済ませる。 覚えていたはずの学籍番号に間違いがあったそうだ。書類受け取りまで、ずいぶん時間がかかった。 しかしやはり、校内の様子も少しは変わっている。 広場だったところに研究棟が建っている。みんなで野球した所だ。あの広場がないなら、今はどこで野球するんだろう? 学部棟の近くにさしかかる。在学中の殺人事件を思い出した。 あれは確かその先の、そうだ、あの棟だ。 その横はプラタナスの並木。 教授の言葉を思い出す。ここでプラタナスなんて名称を知ったんだった。 教室から見える街路樹を指さして 「あの木の名前さえ知らないのか?   そんな目の前の事にさえ関心を払えないのだ君たちは!」 と説教されたんだ。 それから、その先は、入学して2年次まで住んだ宿舎。塗り替えられてるが、建物は変わってないようだ。もう相当古くなっているだろうが、桜にかこまれて華やかだ。 懐かしい。 4月のはじめ。初めての一人暮らし。不安とワクワク感。あの頃も、桜が満開だった。 あいつに初めて出会ったのもあの頃だったな。 あいつ…… そう、セージ。 名前は……  そうだ、沖田 誠司(おきた せいじ)だ。 長く思い出す事もなかった記憶が次々よみがえり、胸が少し痛くなる。 あっそうだ、宿舎を出た後に住んだアパートはどうなっているかな。 せっかくここまで来たのだ、少し寄り道して懐かしい記憶をたどってみようか。 学校の敷地を出てアパート街に出る。 新しい建物や、あの頃からある建物が混在している。 意外と道、覚えているものだな。 あそこはどうなっているだろう、セージのアパートは。 数年間、毎日毎日何度も何度も通った道だ。忘れるはずもない。 それなのに、おかしいな。なかなか見つからないぞ。 確かここを曲がって、その先の…… いやー、さすがにもうなくなっちゃったかな。古い小さなボロアパートだったもんな。 でも確かこの辺りだったはずなんだけど。おかしいな。 もう、あきらめようか……  いやいや、ここまでグルグル回ったんだ。もう1回だけ探してみよう。 そんな風に何度かぐるぐる迷った挙句、ようやく見覚えのある建物に行き当たった。 ああ、やっとたどり着いた。 あんなに通った道なのに、こんなに分からなかったなんてな。 それにしても、このオンボロアパート、まだあったんだ。甘酸っぱい気持ちになる。 懐かしいな。 いつも停めていた道端に車を停めて、見上げた。そうだよ、2階の、あの角部屋だ。 車窓を開けてよく見ようとすると、開いた部屋の窓に人影がある。 えっ? もしかして、セージか? いやまさか、そんなわけないじゃないか。 わかっちゃいるけど気になる。 ……って、やっぱり間違いない、あれ、セージだ!  あいつまだここに住んでるのか?  突然心臓がギューッとなる。 確か、転勤の多い仕事に就いて、どこか遠くに居ると聞いたような気がしていたが。 まだここにいたのか。 声をかけようか。かけていいのか? いや、 次いつ帰って来れるかわからない。 今声をかけなければ、この先、二度と会えないかもしれない……  一瞬のうちに思いが巡った末、思いきって呼びかけた。 声が震えているのが自分でもわかる。 「セ、セージ!」

ともだちにシェアしよう!