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第27話 イカナイといけないんですけど

 休日はお互いの部屋でまったりと過ごす、それが最近の定番になっていた。デートにも出掛けたいけれど、一緒にいる現場を見られるっていうのは、少しどうなんだろうと躊躇ってしまう。  郁登はジャージで登校するくらいに、学校から家が近いし、俺だってそんなに遠いわけじゃない。車で十五分くらい、行動範囲がうちの生徒と被っている。  今までの相手とだったなら、それを窮屈に感じたかもしれない。でも、郁登といると、そんな時間すら楽しいと思えた。まるで、手を繋いで帰るだけでも浮かれていた子どもの頃みたいに。それなのに、夜になれば甘ったるくて濃密に身体を重ねる。そのアンバランスさにさえ、ゾクゾクしてしまう。 「林原先生ってコンパ行かないんすか?」 「へ?」  ものすごく不思議そうに大嶋先生が質問しながら、パソコンの画面からヒョコッと顔を出した。 「やっぱ彼女がいると行かないんすか?」 「へーあーアハハ」  おいおい、そこでその誤魔化し方は下手すぎるだろ。郁登は頬をポリポリと指先で掻きながら、視線をあからさまに泳がせている。コンパなんて単語が飛び出したもんだから、横に座って、一日中、ただ隣の席に座る教師役に徹していた俺も、自然と視線がそっちに向いてしまった。 「アハハ~」  何、その、下手くそなかわし方。しかも助けてくれと言わんばかりに、こっちに視線を投げてくるし。嘘が下手にもほどがあるだろ。 「大嶋先生は彼女がいてもコンパ行くんですか?」  仕方なしに会話に混ざる。まぁ、大嶋先生に対して必要はないだろうけど、予防線を張っておく事も出来るし、そのまま郁登をフォローすることにした。 「だってただの飲み会じゃないっすか。知らない女の子と、普通に飲んで帰るだけだし」 「……」  別にどうでもいいけど、大嶋先生って“お持ち帰り”はしないんだろうか。そんな失礼な事を思ってしまう。勝手な想像だけれど、飲み屋でコンパをして、二次会に参加して、そのまま解散――なんて毎回素直に帰っている気がした。お持ち帰りにまで持ち込めるほど、モテない、ってわけじゃないだろうけど、そこまで考えて酒を飲んでいなそう。 「あっ! そうだ! この前、金沢先生と飲み会してましたよね! コンパ!」 「しましたよ~もうもうそりゃ可愛い女子アナが揃ってて、なんか金沢先生の知り合いの方がセッティングしてくれたんですけど、横で酒飲んでるだけでも楽しかったなぁ……あ! その席にいた、とびきり可愛い子がですね、金沢先生を狙」 「大嶋先生!」  ふんふんと興味津々で聞き出そうとしている郁登に、ペラペラとあの日の事を話そうとするから、慌てて言葉を遮った。あの日に会った、その女子アナの顔なんて失礼だけど、これっぽっちも覚えていない。覚えているのは、あの晩、凍りそうなほど身体が冷えきりながらも、俺をずっと待っていた白いジャージ姿の男だけだ。 「ここ、職員室ですから」  シーッと唇に人差し指を立てて、声のボリュームを落とすんじゃなく、この話自体を中断させようと思った時だった。今度は及川先生がその話に加わろうとする。  そのコンパで俺がその後どうなっていたとしても、ぶっちゃけ及川先生には何も関係ないんだけど……。そう心の中でだけ呟いておく。  何もわかっていないまま、無邪気に全部を話してくれる大嶋先生が、その晩の自分の行動を全て及川先生に報告すると、その話じゃなくてって、もろ顔に出ていた。郁登は無意識に唇を尖らせていて、あまりにそそるから、もう手に負えない。 「林原先生、ちょっといいですか?」 「え?」 「いいからっ!」  及川先生と、大嶋先生、あのふたりに怪しまれないようにするための嘘を考えるのすら億劫だった。  昼休みだからってあまりふたりっきりにならないように気を付けているけれど、それもけっこう我慢がいるんだ。横で無邪気に話しかけてくるけれど、その爽やかなジャージの下にあるエロい身体を俺だけが想像して、身体の内側が熱くなってしまう。だから完全防音の音楽準備室に篭もるのは危険なのに。 「郁登、あんなふうに不貞腐れると」 「なんだよ、だって大嶋先生とあの晩、行ったコンパ、お持ち帰りでラブホだったかもしれないんだろ」  何それ、あの時、俺が勢いで言った言葉をまだ鵜呑みにして、どうだったのか気にしていたなんて。この人、俺が我慢をしてるって知らないんだろうか。  ぐいっと急いで、音楽準備室に引き入れると、強引な力によろけた郁登がそのまま胸に飛び込んでくれる。 「不貞腐れて」 「だからっ! それは!」 「襲われたいの? っていうか、襲っていい?」  ダメに決まってるだろ! と叫んでいる郁登はまだ知らない。たった今、この扉を閉めて、カチャッと鍵をかけてしまった時点で、この部屋の中の音は相当な騒音でも出さない限り、外にいる人間には聞こえない。耳を壁にくっつけて、中の様子を伺ったところで、何も聞こえないんだ。郁登がいくらやらしい声を上げて良がっても、どんなに卑猥に濡れた音を立てて激しくセックスをしても。 「んふっン、ぁ……ちょっ! ここ学校!」 「知ってるよ」 「だったら!」 「でもその学校で煽ったのは郁登だよ」  煽ってないって必死に抗議をされても、もう俺は煽られたから、止めてあげられない。 「あ、待って、ン」 「やだ、待てない」 「違っ、俺、昼休みに用事が、水泳部の練習」  もうこれだけ身体が熱くなってる時にまさか顧問としての台詞を言われるなんて。しかも水泳部って、まさか昼からプールはないだろうけど、俺は勝手に部員を危険視しているから、どうしても快く思えない。 「後でじゃ、ダメ? 郁登だって、ここ硬くなってきてる」 「や、ぁ……だって、健人に触られたら、あっン」  可愛い声、ちゃんと男のくせに、どうして喘ぐ声がこんなに可愛いんだろう。 「あ、ダメだって、マジで、行かないと」 「じゃあイかせて」 「バカ、変態」 「変態に乳首弄られて、イくくせに。一昨日だって、乳首、自分でいじってイったくせに」 「も、バカ!」  頭を抱いて、ぎゅっと力を込める郁登は、その一昨日の乱れた自分を思い出したのか、ジャージ越しに撫でられた股間を更に熱くていた。 「健人っあ、後で、こんな短い時間じゃなくて、もっとたくさん、がいいっ」  お互いに息が荒くなるくらいに興奮しているのに、そのおねだりにピタッと止まった。これって上手く逃げられている気がしないでもないけど、それでも“もっとたくさん”って言葉がやたらと美味そうな響きを持っていて、身体を擽ろうとする。  そして極め付けが「ね?」なんて甘えられて、これがかわすための台詞なんだとしても、この後、それを大きく掲げて、郁登といけない事が出来るのなら、なんて、本当にバカになったみたいに期待している。 「今日、部活あるよね?」 「ある、けど、そんなの健人もだろっぁ! だから、触られたら」 「おあずけ?」  それも楽しいかも、なんて思った俺は、最後に約束とばかりに、濃厚で蕩けるキスをして、唇に甘い味を覚えさせると、閉じ込めていた腕を解いた。  郁登は頬を赤くしながら、何度か息を大きく吐いて、その温度を無理に下げると、後でのお楽しみを予感させるような、可愛いキスをお返しに俺の唇に乗せて、そのまま部屋を後にしようとドアノブを捻って。 「ここの金沢に何の用があるんだよっ!」 「だから借りたCDを返しに来ただけだってば!」  ドアを開けた瞬間、飛び込んで来たふたりの張り上げた声、慌てて俺達が廊下へ飛び出すと、半泣きになっている市川翔麻と、そんな小柄な彼を折ってしまいそうなほどに詰め寄った、あのクソ生意気な生徒だった。

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