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第29話 不良教師がここにふたり

「えぇ! 後島って、市川のこと好きなの?」 「……」  あんなにわかりやすい態度取ってんのに、本当に……なんでわからないんだ、この人。郁登は水泳部の練習が終わると、そのまま音楽準備室へと直行してくれた。俺は隣の音楽室で吹奏楽部の練習を見た後、郁登が来るのをここで待っていればいいだけ。  楽器をそれぞれ片付ける生徒を見ながら、昼間の続きを音楽準備室で始める、そんな教師失格な事を妄想していた。生徒も全員帰って、しばらくしてからようやく現れた郁登は、扉を開くと同時に、恋人としての顔ではなく教師としての顔であの後どうなったんだと俺に詰め寄ってきた。  先にキスさせてよってねだれば、キスだけじゃ終われないから、先に話せって、嬉しいような嬉しくないような。ここでやらしい事を出来るっていう期待が、郁登の要望に素直に従っていた。 「クラスは違うんだけどさ、市川によく突っかかってて、系統が違うから、気になってたんだ。そうか、好きだったからなのか。市川は部活入ってないし、後島は野球部だし、どこに接点があるんだろうって」  なるほどって感慨深く頷いている。体育教師の郁登、野球部の後島、きっとあの体格だから、野球部で補欠ってことはないだろう。体育会系はって、偏見だけど思っていた鈍感、天然は、偏見ではなく事実なのかもしれない。 「でも市川、シンガポールに行くって、あのでかい図体でしょんぼりしてた」 「あ、そっか……それは寂しいかも。あと十日だし。お父さんの仕事の都合みたいなんだけど、その準備のせいか、学校を休むことも多くて」  それでCDも慌てて返したのか。後島は休みがちになって、いよいよ別れが近いと実感して、心の準備をどうにかしてつけないといけないんだけど、そんな時に市川がひょこっと学校に現れた。あとをついて来たら、音楽準備室の前で、CDを抱いている姿を見て、ムキになってしまった。  やっぱりわかりやすい。わかりやすすぎて、どこかに落とし穴がある気すらする。 「そっかぁ、後島が市川を……」 「ねぇ、郁登」  うんうんと頷きながら、ふたりの顔を思い浮かべている。その手を引いて、自分のほうへと引き寄せると、少しも抵抗することなく、俺のすぐそばまで来て、俺の言葉の続きを待っている。  こんな些細なことでさえ嬉しく思うんだ。後島にしてみれば、たしかにCDを抱き締めていた姿はショックかもしれない。 「もし俺が転勤で遠距離になったらどうする?」 「遠距離恋愛ってこと?」  そう聞き返されても、嬉しくなるくらいに、この恋にまだ不慣れだ。遠距離、その後に郁登から恋愛って言葉を続けられただけで、こんなに嬉しい。そしてそう続けてくれと願いながら、わざと遠距離で言葉を止めている。  私立校だから基本的に学校を移動することはない。ずっと同じ学校で教員としてやっていくことだって可能だ。だからこれは実際に起こり得ることじゃなくて、まるで子どもが自分への気持ちを確かめるためだけの質問。  恋愛になんて慣れる日は来ないのかもしれない。俺と後島は、同じように相手の行動ひとつひとつに一喜一憂しているんだから。 「そしたら……」  別れる? そんな意地悪な質問すら出来ない。 「とりあえず貯金する、かな」 「え?」 「新幹線代かかるだろ?」  ニコッと笑って、日向育ちの笑顔に俺が切なくなっているって、あんた、知らないんでしょ?  新幹線代がかかる、それでも定期的に会って、この関係を続ける、そう笑ってくれただけで、幸せだと思えるなんて、きっとこの人はわかっていない。 「郁登……」 「え? ちょ」  俺が椅子に座って、腕を更に引いて、そのまま郁登は膝を跨いで座るしかない。もうほとんど生徒がいない。完全防音のこの部屋、学校の準備室で、教師同士がよからぬ格好で向かい合っている。ゾクゾクするこの状況に、興奮しているのは俺だけじゃない。 「郁登、ちゃんとTシャツの下にある、このやらしい身体は隠した?」 「あ、ンっ、か、くすしかないだろっ! こんなっ」 「こんなやらしい痕いっぱい付けて、ここがこんなになる身体だもんね」  鈍感天然の郁登にはこのくらいやっておかないと、恥ずかしげもなく、そして危機感もなく、やらしい素肌を性欲剥き出しの男子高校生に晒してしまう。  Tシャツをたくし上げて、乳首にキスをすると、俺を跨いでいる太腿がきゅっと力を込めた。 「うん、プールの匂いがしない」 「あ、やぁ……舐める、なっここ、どこだと」 「音楽準備室、で、郁登とやらしい事をしてる」  乳首を舐めて、そして突付くと、刺激が下半身に直結しているのか、腰が揺れて、もどかしそうな声が聞こえた。 「俺のに、そんな擦り付けて……興奮してる?」 「やだっ! も、いちいち言わなくていいっ!」 「やっとここで出来る」  何を? なんて素直に疑問に思ってしまう郁登がたまらない。今まで、そんなふうにこの準備室をありがたく思ったことは一度もない。こっちの部屋まで完全防音にするなんて、私立だからって金の無駄遣いだろって、そう思うくらいだったのに。今は、本当にありがたいって思うよ。  この人がこんなにやらしいせいで、ずっと、この部屋の中で、ずっとやらしい姿が見たくて仕方がなかったんだ。 「もっ! 不良教師!」 「そう? じゃあ、ここをこんなふうにさせて、早く脱がないと下着がデロデロに濡れちゃうくらいにしている郁登は?」 「あ、やぁぁんっ!」  ジャージと下着をいっぺんにずらして、熱くて硬くなったそこを外へと露出する。そして掌の中で上下に緩く扱くだけで、もうそこからは濡れた音が、完全防音だからって、盛大に響いている。 「あ、あ、あンっ! 健人、や、ァ」 「もうイきそう? いつもよりも早くない?」  首を必死に横に振っているけれど、身体は素直にこのシチュエーションに興奮していた。まさに騎乗って感じに、俺の上で腰を振って、掌に突き入れている。  声、我慢しないで、俺しか聴いてないから。  そう囁きながら、乳首を口に含んだら。やらしい声は一層甘くなって、先走りの絡まる音がやたらと耳を刺激した。そのまま舌だけで愛撫をしながら、郁登を跨らせた状態で、自分のシャツの釦を外していく。あらわになった俺の肌に、郁登がふんわりと頬をピンクにして微笑んだ。興奮した身体に中心が疼いている、そんな切なげな眼差しに誘導されるみたいに、腰を掴んでいた片方の手を後ろへと伸ばす。  初めて貫いた時よりも柔らかくなったそこは、その時以上にやらしい締め付けを覚えてしまった。指なのに、こっちが眩暈を起こすほど、甘く舐めしゃぶられて、身体がいきり立つ。 「あ、奥っ」 「ここでしょ? グリグリしてあげる」 「や、あ、あっん、あ、ダメ」  うん、ダメだよね。学校の先生が、こんな神聖なはずの教育現場で、こんなやらしいことに耽っていたら。  同じ職場の教師の上に跨って、自分から乳首を舐めてもらいたそうに、Tシャツを捲くって、腰を振りながら、掌で扱かれる刺激と、体内を掻き混ぜる刺激、その両方を貪欲に貪っていたら。 「やらしくていけない先生」 「あ、んんっそこ、あ、ゥ……ン」  でもそんなやらしい林原先生に興奮して、早く中に突き入れて、身体が持ち上がってしまうくらいに、何度も突き上げたいって思っている、俺はそれ以上にいけない、不良教師だ。 「あ、あ、イくっんん、健人っ」 「前立腺、たくさん、刺激してあげるから、イっていいよ。ほら……」 「あ、あン、健人、あ、奥がっあァァァァっ!」  ガクガクと腰を激しく踊らせて、郁登が俺の上で射精すると、シャツが肌蹴た俺の身体に勢い良く、白くて甘い蜜が飛び散った。 「あ、あ……健人……」 「熱い……」  直接、肌に触れた体液の温度、そして音と同じように、外には絶対に漏れない、やらしいセックスを予感させる匂いに、不良教師ふたりは貪るようにキスを交わしていた。

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