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第34話 同士発見

 自分の中でしっかり形になった想い。でも今度はそれをどうしたらいいのかがわからない。  これが異性なら、確実にプロポーズしている。でも相手は男で、同性で、結婚はない。海外にいけばそれも出来るらしいけど、なんて今まで気にもしなかった、同性愛者に関係する記事を読んでしまったりしている。 「……マジか」  想像出来るんだ。郁登との未来を。  というよりも、想像したいんだ。郁登と一緒にいる未来を。俺は誰でもなく彼が隣にずっといる生活を望んでいる。  まさか男とのセックスがあんなに気持ちイイなんて、そう驚いてから数ヶ月、今度は、まさか男と結婚したいって思うようになるなんて、だ。少し前の、郁登と席が隣同士になる以前の自分に聞かせてやったら、絶対に信じないだろう。「まさか」そう鼻で笑って、相手にしない。  そして今の俺の姿を見て、「おい、どうしたんだ」って驚くだろう。 「……」  花婿用の結婚情報誌を立ち読みしている姿を見て。  知ってるんだ。これを見たところで、何かがどうにかなるわけじゃない。こんなプロポーズに花嫁は感動した! なんて体験談を全部読んだところで、俺が郁登にプロポーズをする、とか……どうなんだ?  郁登にしてみたら、まさかそこまで? って驚くかもしれない。少し前の自分だったら、絶対に信じなかったんだ。男同士で結婚とか、人生の伴侶とか、そんなのないだろってさ。郁登もそうかもしれないだろ。 「……」  そして郁登はそこまで想っていないかもしれない、そう想像しただけで少し落ち込む自分が怖い。  同性同士の恋愛なんだ。こんな情報誌を見ても、大概、参考になんかなるわけがない。人目があるような場所で、平気にイチャつけるわけでもないんだから。  そんなふうにグルグルと考えを巡らせつつ、本を棚に戻した時だった。  本屋の入口付近、特集されている本のテーブルの所に、真剣な顔で立ち読みしているうちの制服が見えた。 「後島?」  図体がでかくて、大人と何も変わらない風貌の後島には、少し制服が似合っていない。そんな後島が真剣に立ち読みをしているコーナーには“バレンタイン特集”とピンクの看板に赤い文字でデカデカと書かれていた。  そこに女子がいるなら何も違和感がないのに、普通の男子高校生よりもごつい後島が立っていると、なんだかその華やいだバレンタインらしい色合いの看板のほうが間違っているような気さえしてしまう。そのくらいに真剣にその本に没頭していた。 「後島、何してんだ?」 「うわぁぁ!」 「シー! 静かに」  別に驚かすつもりもなく、普通に声を掛けたつもりなのに、静かな本屋の中に響き渡るほどの声を上げたと同時に、パタンとその本を閉じて、自分の背後に隠してしまう。 「何? チョコレート?」 「!」  そんなに驚かれても、ここバレンタイン特集って書かれているし、何より、今更隠したところで、後島が立ち読みで何を読んでいたのか、すでにしっかり見てしまっている。皆にチラチラ見られていることにも気が付かずにいた後島だけは、そんな目立っていた自分に気が付いていない。 「市川に?」 「!」 「へぇ、お前、料理出来んのか?」 「で、できねーよ。っつうか、チョコ買えないだろ。女子に混ざって買ってたら、すげー目立つじゃん」  今、この時点ですごい目立ってたぞ。しかもまだ背後に手作りチョコの本を隠しながら、顔を赤くするとか、図体に似合わないことをしているから、普通に現在進行形で目立っている。 「チョコ、あれば、言いやすいかなって」 「言うのか?」  キリッと表情を引き締めて頷くところは、さすが運動部。体育会系らしい、まさに勝負を挑むって顔がすごく真剣で、真っ直ぐだった。 「せ、先生は?」 「んー?」  人生の伴侶になって欲しい人を見つけて、テンパって、参考書になるものはないかって、大人のくせに迷ってたんだ。 「でも市川って、バレンタインの後には、もう」 「うん」  ホワイトデーの頃にはもう市川は日本にいない。一ヶ月後に、もらえる返事がどんなものなのかと、期待しても、その返事はもしかしたらもらえないかもしれない。それどころか、もうバレンタイン当日に返事をされてしまうかもしれない。 「期待、とかはしてねーよ。あんなふうに怒ったりしてっから、嫌われてるだろうし」  好き同士だけれど、市川はその気持ちをどうするんだろうか。高校生にとって、シンガポールは電波なら近いけど、生身ではものすごく遠い。 「それでも、もう会えないなら、言っておきたいし、チョコだけでも食ってもらいたいって」 「……」 「なんか女子みてーだけど」 「いいんじゃないか?」  女子みたいだけど、後島はまだ知らないんだろう。その女子のほうが、恋愛に関しては男よりも断然ファイターなんだ。しかも全然へこたれない。 「家で作るのか?」 「あー……わかんねー、深夜にコソコソ作るか、かーちゃんがいない時とかを狙うか」  バレンタインが近付いた頃に、手作りのチョコなんてやり始めれば、誰だってそれが普通のお菓子作りとは違うって気が付く。後島の場合、自分が男ってことで、親に何か言われるんじゃないかと、気に掛かるだろ。女子にあげる“逆チョコ”だと言ってしまえばいいだけでも、後島にしてみたら、それをその後も逐一からかわれたくない。 「うちのキッチン、貸してやろうか?」 「え?」 「もちろんタダで」 「なんで?」  生徒と先生、子どもと大人、色々違うけど、恋愛にあれこれ悩むのは、その想いが真剣なら真剣なほど、その色々な違いがなくなってくる。 「代わりに俺も一緒に作らせて」 「え?」 「チョコだよ、チョコ」  それこそ女子みたいだろ、一緒にお菓子作りなんてさ、そう冗談っぽく言ったら、後島も楽しそうに笑っている。  俺も勝負に出てみたくなったんだ。チョコと一緒に想いを乗せたくなった。  だって、他の誰も思い浮かばないんだから仕方がない。今まで、数多くの女性と付き合ってきたけれど、その誰にも抱かなかった感情を、今、持てている。  この先、そんな人に出会える気がしない。郁登が最高だって思える。なら、ねちねち考えても仕方がないだろ。今まで、郁登とこうなる前の自分があるからこそ、確信的にこの人だって思えるんだ。  後島にも言った。告白するのもしないのも、どっちでも良いと思う。ただ、その選択をする時に、同じ男だからって部分を考えない。ただその人を好きだって気持ちだけを持って、道を選べばいい。そうやって選んだ道なら、どちらでも良い。そう言った。 「俺もチョコ渡したい人がいるんだよ」  だから俺は郁登に言う。プロポーズとは違うかもしれないけれど、あの時、鍋を囲みながら、俺が想ったことを全て告白しようと思う。 「ほら、その本、買ってこい」 「え? 俺? 先生が買うんじゃないのかよ」 「そりゃそうだろ、お前が選んだんだから」  そして後島にその本を買わせて、男ふたり、一世一代の告白に向けた手作りチョコに挑むことになった。

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