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クリスマス番外編 1 思いたい
一緒に暮らす恋人がいる。
今までとはちょっと違っているその恋人とはもうけっこう長いこと付き合っている。空前絶後の三年目突入目前。二年目の時もラブラブだった。お恥ずかしい話ですが、もうずっとラブラブ。
人生初の真剣恋愛。
相手が特例中の特例だったから。同性で、同僚で、どっちもノンケ。つまり男同士で、先生同士で、過去の恋人は女性だったから。だから、そんな特例中の特例な恋愛をするのなら、それはものすごいつまみ食い感覚の遊びか、もしくは、めちゃくちゃ真剣で本気の恋愛かどっちかだろう。
そして、この恋愛はその二つのうちの後者だと……思っている。
「ただーいまぁ」
いや、思っていた。思っていたい。
「おかえり、郁登、遅かったな」
「んー……」
三年目の浮気、なんてことは。
「仕事で、トラブル?」
「んー……」
「郁登?」
「あ、ごめん! 風呂入っていい?」
「……あぁ」
三年目の浮気、なんてことはないと、思っていたいんだよ。
人間っていうものには「飽き」がある。それは自分の過去の恋愛遍歴で重々承知してる。
教員だろうがなんだろうが人間なんだよ。飽き、っつうのが来るんだよ。そして目移りするなり、気持ちが冷めるなり、方向性はそれぞれだけれど、その恋愛に、恋人に、「飽き」がきて別れを迎える。
三年も同じ相手とだけの付き合い。身体だけじゃなくて、心っつうか気持ちっつうか。
有名な歌の中にもあったっけか「三年目」飽きちゃうんだもの、みたいなさ。
わかんなくもない。
けどさ、俺は。
「……」
俺は。
「……」
これっっっっっぽっちも飽きてないんだ。
三年だぞ? 三年も同じ、しかも男と付き合ってて、そんで、これだけ気にするもんかね。相手の帰りが少し遅いからって、少しよそよそしいからって、そんなに気に病むもんかね。
高校生じゃあるまいし、誰々ちゃんとしゃべってた! とか、そんなことくらいで目くじら立てるガキじゃねぇだろうが。いい年した大人が何をそんなに。
「郁登先生、ごめんなさい。あの、年末の忘年会なんですけど」
誰としゃべってようが。
「あ、はい」
「行かれ、ます?」
しゃべってた相手が、最近入ってきた養護教員の美人だろうが。
「あーはい、たぶん」
「わっ! そうなんですか? じゃあ、私も行こうかな」
癒し系ほわほわ笑顔だろうが。俺はいい歳した大人だから、気になんて、ちっとも。
「金沢先生、すみません。終業式の時の校歌なんですけど、確認を」
ちっとも。
「確認、すっ、すみません! お忙しいところ!」
振り返ったら、女子生徒が飛びあがるほど恐れおののいて走り去った。
「金沢せんせーい、すんません、あのって、うわっ! な、すっごい怖い顔!」
普通……普通さ、怒った顔をしているとしてだ。その怒った顔をしている相手に向かって、そうあっけらかんと「すっごい怖い顔!」なんて、指差して言うかね。
大嶋先生なら言いそうだけど。
大嶋先生なら、そういうの、察する能力ゼロでふっつううに指摘してきそうだけど!
「そんな怖い顔してます?」
「してます。すっげ、ぇ、これで顎がしゃくれてたら、もう完全い般若か鬼瓦! ですけど、あははは」
って、自分が鬼瓦顔をして見せるとこも大嶋先生らしいですけども。
でも、眉間の皺、すごかったかもな。っていうか、何? あのほわほわ系女子。大半の男が好みだろ。大体の男が、「つ、付き合って欲しいの」って言われたら、頷くだろ。
今までだって、郁登には色々横恋慕が入ったさ。女子生徒とか、男子生徒も怪しいのがちらほら。けど、ガキ相手だったし、あいつ、そういうところは真面目だから、あんまり心配はなかったんだけど。
あのほわほわ系は、ちょっとさ。
なんていうかさ。
あいつ、郁登はほら、欲望に忠実だから。
セックス始まりっつうか、郁登の押されると弱いとこっていうのは本当に心配するレベルっつうか。頼まれ事をされれば断れないし、誘われても断れない。そして、流れるっていうかさぁ。
まぁ、始まりが始まりだったっつうのもあるけど。
酔った勢いで、ノリで、男同士のノンケ同士でセックスしたしな。
この前、夏だって、ビアガーデンで納涼会ってなったら、へべれけになるまでビール飲んでたし。ビールっ腹になるぞって言ったら笑ってたっけ。だいじょーぶ、てへへへぇ、なんて笑って、帰り道でいきなりTシャツめくったりして。即座にズボンの中にインしてやったけど。
なに、普通に駅前の賑わってるところで極上の腹筋晒してんだボケェって、叫びそうになった。
酔っ払い、何杯飲んだんだって呟いたら、能天気に「わかんなぁい」なんて答えやがった。
飲みすぎる前に断れよ。
俺そういうのないんだよ。飲みたくなくなったら断るし。
芸術系だから? マイペースなんだよな。本当にマイペース。だから、郁登の律儀なところとか、本当にたまに難解だったりはする。あいつは体育会系だから?
だから、本当に。
「すごい眉間の皺」
「……」
本当に。
「……」
大半の男はほわほわ系に弱いんだよ。ほわほわ微笑まれたらイチコロだ。
俺の眉間を指先でツンと押して、欲望に忠実な男がほわほわに微笑んだ。微笑まれて、イチコロだ。
「なんかあった? 健人」
「……」
なんもないよ、と思いたい。
「健、」
「あ、林原せんせー」
何か言いかけたタイミングで、上手いこと入るんだ。横槍っていうやつがさ。呼ばれて、体育倉庫のマット類がどうのと呼ばれてる。行かないといけないけれど、って、戸惑う郁登、「ほら」って言ってやると、申し訳なさそうな顔をした。そして、元気に返事をして、そっちへと駆けていく。
絶後の三年目突入目前、と思いたい。
「あの、マット類なんですけど、汚いのがあったら新品購入を考えてるって、校長が」
「え? そうなんですか? うわ、めっちゃありがたい」
なんもない、と思いたい。
「……」
年末の忘年会出席お願い致します。場所……時間……、以下、出席可能な方は下に名前のご記入を今週までにお願い致します。
「……」
出席、林原、の隣に並ぶ、綺麗な字で、本間、と書かれていた。
――郁登先生、ごめんなさい。あの、年末の忘年会なんですけど。
――あ、はい。
――行かれ、ます?
――あーはい、たぶん。
――わっ! そうなんですか? じゃあ、私も行こうかな。
ほわほわ本間の名前が書かれている。
「あ、金沢先生も行くんすか? 俺も行こっかなぁって、うわ、めっちゃ眉間の皺。それ、固定っすか? ボンドでくっついてるとか?」
そして、俺、金沢の名前の横に仲睦まじく並んだのは「大嶋」の名前で。
絶後の三年目突入目前、って、本当に本当に、思いたいっ! って、心の中で叫んでいた。
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