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弟と旅行編 1 どんな君でも知りたいの。
「ねぇ、郁登、一緒に海、行かない?」
郁登は、そう尋ねられて、きょとんとしていた。まぁ、俺が海ではしゃぐとか、想像つかなかったんだろう。実際、海水浴ってそんなに好きじゃない。潮はベタつくし、暑いし、砂がどこかしらに残るし。
「海、行こう」
けれど、海に誘ったんだ。
だって、恋人のことで知らないことがあったら、そりゃ、知りたくなるだろ?
事の発端は、郁登にかかってきた電話だった。
「えぇっ? おま、は? おつっ、お付き合い? 誰とっ…………えぇぇえっ! いや、そりゃ、驚くだろ。だって、お前っ…………」
誰だろう。話し方も声も、雰囲気がいつもと違ってる。柔らかくて、どこか力が抜けていて、隙のある感じ。友だち……でもない。大学の後輩、でもない。タメ口じゃないから先輩ってことはないし、もちろん職場の人間でもない。
「……へぇ、そうなんだ」
その雰囲気がまた変わった。
ふわりと口元が花びらみたいに和らいだ。体育教諭っていうこともあるのか職場では明るく元気に、けれど厳しさもある感じ。だから、こういう柔らかさは特別なもので、俺といる時によく見せてくれる。それにも似ているけれど。
「なら、いいんじゃない?」
けれど、やっぱり少し違う。俺といる時とは違う柔らかさ。油断はしているけれど、隙もあるけれど、包容力もあるけれど。
なんだろう、この感じは。
「そっか……へぇ」
俺の知らない顔だ。
「うん。じゃあ、宜しくって、その相手にも言っておいて。うん……じゃ、お前もガンバレよー」
ほら、俺といる時はこんなふうには話さない。でも、もう一人、こういう雰囲気で話す相手を知っている。
「ごめん、電話さ」
「郁登……」
「ぅわっ」
まだスマホを握ったままだった郁登を引き寄せ、ベッドに戻すと、そのまま組み伏せた。シャンプーは別々のにしてるんだ。この前、同じ香りがする、それって人気なの? なんて、女子生徒に言われたから、慌てて別のものを買った。女子はそういうのに目ざといからさ。たかがシャンプー一つで俺たちの関係がバレたら、たまったもんじゃないだろ?
そして、組み伏せられたまま、なすがままの郁登から、俺のとは違う、グリーン系の香りがふわりと鼻先を掠めた。
「びっくりした。健人?」
「電話、誰から?」
「弟だよ」
やっぱり。
弟がいるのは知ってる。仲が良いのも。
「健人?」
「……」
「健……ぁ、もしかして、ヤキモチとか、した?」
「……してない」
したさ。いつも礼儀正しく、根っからの体育会系の郁登は頼まれごとは、了解っす! とか言っちゃってなんでもかんでも引き受けるようなとこがあって、目上の人に完全敬語、友人には少しはしゃいだ感じ、年下にはいい先輩であろうとしっかりめに――つまりは、あの柔らかい口調に和やかな表情はそうは見せないんだ。
俺だけのはずなのに。
俺以外にもその顔をする。しかも、俺とはまたちょっと違うところもあって。つまりは俺限定の表情に似ているけれど、俺にも見せない表情を、どこぞの誰かにしていたわけで。俺はそのことに、けっこうヤキモチを。
「しただろ。ヤキモチ」
「してないって」
「かっわいいい」
「してないっつうの」
レアな郁登。
そりゃそうだ。その電話の相手は弟だったんだから。
「何なに? 顔真っ赤ですけど? 健人さん?」
「っ! からかうなよ」
「うふふふぅ」
つまりは、俺は、弟と同じくらいに近しい存在ってことになる。
家族と同じように近くて、家族とは違う隙だらけの、柔らかな顔。
「ン……健人」
嬉しそうに微笑んで、俺の唇をぺろりと舐めた。喉仏を大きく上下させるところなんて、しゃぶりつきたくなるほどエロくて。
「ン、まだ、中ほぐしてない」
綺麗にしなやかな腹筋をくねらせ、家着にしているハーフパンツを下着ごとギリギリのところまで下げて誘惑するスケベで。
「あっ……健人ぉ……」
自分からピンクな湯上り乳首を見せびらかして、舐めてとねだるようなやらしい。
「あっン、乳首っ……ン」
同じ職場のこの男に、どはまりしてからもうずいぶん経ったのに。
「あ、あ、あっ、やだ。乳首、あんま吸うなって」
「自分で見せつけて来たくせに」
「だって、乳首、可愛がられるの、気持ち良くて」
快楽にめっぽう弱いこの教師に、ぞっこんになってから、もうけっこう経つのに。
「じゃあ……」
「あ、あ、やぁ……ン、そんな舐めっ、たらっ」
いまだに、電話の相手に嫉妬をすることもあるなんて、照れ臭くて仕方がない。
「あぁぁっ、風呂、入ったばっかなのにっ」
「ね、郁登はカウパー多いから」
「ぁ、んっ、言うな、よ、恥ずかしいっ」
「いいじゃん。感じてる郁登、可愛いし」
だから、郁登にからかわれないように、郁登のほうが真っ赤になってしまうほど可愛がろう。
この、気持ち良いことにすぐトロトロになる先端にキスをして。
「あっ、あぁっ」
「下着の一枚二枚、洗濯するのに大差ない」
「ンっ……ぁ」
しなやかな腰が跳ねるくらいに、舐めて、咥えてしゃぶって。
「明日は晴れるみたいだし」
「ぁ、ン、はぁっ」
「シーツも洗うよ。俺が」
郁登に微笑んで口付けると、俺にしか見せない欲しがりな顔で、俺にしかしない大胆な格好で、卑猥に誘惑する。そして、喉奥が焼け付くくらいの興奮が込み上げてくる。
「ン、早くっ、健人っの……これ……入る、ように、ここ」
だから、仕方ない。
みっともなくヤキモチだってするさ。
「して、健人」
だって初めて盲目になった恋にいまだにぶんぶんと振り回されっぱなしなんだから。
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