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弟と旅行編 2 夏だ! 海だ! 恋は盲目だ!

 恋は盲目、とはホントにさ、よく言ったもんだと思うよ。  夏だ! 海だ! バカンスだ! っていうキャラじゃないんだよ。 「はぁ、パーッと夏を満喫したいですよねぇ、あぁ、早く夏来ないかなぁ」  この人はそういうキャラだけれど。  郁登と同じ体育教諭の大嶋先生が待ちくたびれた子どものように肩を落として、灼熱の常夏にしか見えない窓の外をぼんやりと見つめた。  連日の暑さ、今年も記録的酷暑になるでしょって言ってましたけど? ほら、一日水やりしないだけで、職員室のグリーンカーテン代わりのゴーヤがうなだれるほどの暑さですけど? 夏、ですけど? 「はぁ……」  でも、「夏だ!」と「海だ!」がイコールで繋がっている彼にとっては職員室から眺める常夏は夏に入らないんだろう。 「金沢先生は夏の休暇、どこか行かれるんですか? よっぱ、ヨーロッパっすか? ウイーンとか?」  え? 俺はこの人にとってどういうキャラなんだ? 「行きませんよ。こんなべらぼうに高いオンシーズンに海外なんて」 「えー、なんか意外っす」  でも、まぁ、この人が海パン一丁で海に飛び込んで行くところは想像しようとしなくても、思い浮かぶから、その逆ってことだ。音楽教師をしているから、ウイーンね。そういうものなんだろう。固定観念ってやつだ。 「じゃあ、夏、どっか行くんすか?」 「あー、海、かな」 「えっ?」  そして、その固定観念が大きく外れたら驚くよな。俺も大嶋先生が「えぇ今年はウイーンへ、ちょっと音楽に浸りに行こうと思ってるんです。キラリ」なんてしたら、きっと驚くとは思う。 「いいっすねぇ、海かぁ、どこの海っすか? 沖縄とか? あーでも、もっとこう白浜の」 「いやいや、近くですよ。電車で数時間のところ」 「へぇ、そうなんすねぇ。あっ! もしかして、前にコンパした時の女子アナっ!」 「いつの話をしてるんですか」 「あははは」  女子アナとコンパって懐かしいな。ずいぶん前にしたっけ。郁登を振り向かせたくて、やらかした幼稚なこと。わざと大嶋先生に郁登がいる前でコンパのことを持ちかけて、大きな声で時間と場所まで説明したりして。不器用な初恋かってくらいに下手くそな駆け引きだった。 「そっか、海ぃ! あ! 林原先生! お疲れ様っすぅ。林原先生も海行くんすよね? 金沢先生もらしいんすよ。そう遠くないって言ってたんで、同じ海だったりしてぇ」  職員室に戻ってきたばかりの郁登を見つけた大嶋先生がブンブンと手を振り、他の教師があまりいないのをいいことに大きな声でバカンストークを始めた。 「へ、ぇ……金沢先生も」 「そうらしいんすっ、あ、そんで誰と行くんすか? 金沢先生」 「っ」  息を呑んだのは郁登。嘘があまり上手じゃないというか、顔に出るから、この人は。 「またコンパとかで新しい恋を?」 「さぁ、どうでしょう」  コンパの一件はたしかにとても下手くそな駆け引きだった。今思い出すと、稚拙すぎて気恥ずかしいけれど、そんなこともしたくなるくらいにわからなかったんだよ。 「えー、いいじゃないっすか! 林原先生もなんか怪しいんすよねぇ。誰と行くンスか? って訊いても教えてくんなくて。いいなぁ。ほらっ、こんな感じに赤くなって教えてくれないんす」  この人にしたのはただの恋じゃなくて、かなり遅くにやってきた本物の恋で、俺の人生初の恋だったんだから。  つまりは初恋、だったわけで、駆け引きなんて、苦笑いが零れるほどに下手くそにもなる。 「いいなぁ、常夏、海! 最高っすねっ」  ある意味純粋無垢な大嶋先生に羨ましがられ、郁登はまた喉奥をきゅっと詰まらせてとても下手くそな苦笑いを零していた。 「……俺? 元気だよ。生徒よりも早いタイムをクロールでかますくらいには……そんでさ……あー、えっと、海、行かない?」  首まで真っ赤だ。  しかも、電話するのが照れ臭いのか。わざわざ背中を向けて、いつもはシャキッと伸ばした背中を丸めて壁と向かい合わせになってるから、こっちから見てるとしょぼくれてる真似をするワンコみたいだ。ほら、よく面白動物動画とかであるようなさ。 「あ、えっと、あれなんだ。ちょっと、そのツテがあってさ。プレオープンの旅館に特別に泊まれるらしくてさ。そんで、さ……その相手の人も連れてくれば?」  まっかっか。 「も、もしよかったら、だけど……うん。俺も、その……会わせたい人、いるし」  へぇ、そうなの? 誰? その会わせたい人って。  なんて、心の中で俺からもこの背中を向けている恋人に尋ねてみる。 「あ、うん。わかった。じゃあ、あとで返信送って……はー、い、そんじゃ」  この可愛い恋人に。 「紹介したい人って?」  電話を終えた瞬間、その骨っぽい肩に顎を乗せて、郁登の弱い耳元に吐息混じりに問いかけた。まっかっかなのは耳だけじゃなく、首筋だけじゃなくて、頬もだった。 「健人に、決ってるだろ」  そして、素直に答えるこの人のことがやっぱりたまらなく好きで。 「ん、まだ、触、んなって、今日、めっちゃ汗、かいたっ」  やっぱり、またもっと好きになる。 「郁登の匂い」 「やっ、ちょっ、汗臭いって」 「いい匂いだけど?」  思いきり、鼻先を郁登のうなじに擦り付けて、わざと深呼吸をしながら、するりと不埒な手を爽やかな白Tシャツの内側へと忍び込ませる。  小ぶりな乳首をきゅっと摘んでやると、いつもは舐めて愛撫をされることの多い乳首が驚いたように、硬く尖った。 「あっん」  あっまい声。  たまらなく気持ち良さそうな声。  この頃、乳首はあんまり摘んだり引っ掻いたりはしないようにしてるから。たまにこういう刺激をあげると、いつも以上にやらしい身体が跳ねるんだ。  だって、見せられないでしょ? 「あ、あ、あ、あっ、や、ンっ……これ、イきそっ」  快楽にすぐに蕩けちゃうこの身体はさ、敏感すぎるから。 「ぁあっン、ン、これ、ダメっ」  こういう愛撫しすぎると、きっと乳首がモザイクかけたくなるくらいにやらしい形に変わると思うんだ。水泳教師なのに、それってダメでしょ。危険だと思わない? 「ぁ、ぁ、アッ。乳首、イくって」 「いいよ? イって」 「やぁっン」  中指と親指で摘んであげたその先端を人差し指でカリカリ引っ掻くと、背中をしならせて、真っ赤になったうなじを晒すように身悶える。  ピアノ、してるからね。 「あぁぁっ、ン、健人っ、指気持ち、い」  上手に動くだろ? 「あぁぁぁっ、イくっ、健人っ、もっ、俺っ」 「いいよ……郁登、乳首でイくとこ、見せて?」  長い指に郁登の指が絡みつく。甘くいやらしい乳首のいじり方を止めたいのか、もっとってねだるのか、絡み付いて繋いだ指先ごと、乳首を可愛がりながら。  まだ明日以降だって、体育の授業もプールもあるからさ。 「あ、あ、あ、あ、ン、健人っ、ぁ、イク、イクっ、あ、あ、あああああっ」  仰け反って喘ぐ、この健康的な小麦色の肌にキスマークを残さない程度に口付けた。

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