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第5話

 動揺した。激しく揺すぶられた。それを気付かれたくなくて、森本を避けた。自分たちが高校の同級生だったことを知っているのかいないのか、森本もそのことについては何も言ってはこなかった。  そんな状態だったので、もちろん森本の私生活のことは何も知らなかった。倉田と森本は、ただの同僚だった。学校で顔を合わせ、必要な時にだけ会話を交わすだけ。 「ん……」  森本が突然声を上げた。はっと、我に返る。起きたのかと顔を覗いたが、相変わらず目は閉じられており、ただ寝返りを打っただけだったようだった。  気持ち良さそうな寝息を立てている。その無防備な顔に倉田も自然と笑みが零れた。  眠る森本の姿は子供のようだった。ふと触れたくなる。腕を伸ばして森本の頭を優しく撫でた。すると、森本が微かに笑った。一瞬起きているのかと驚いて手を止めたが、森本はそのままむにゃむにゃと何か言ってまた寝息を立て始めた。  壁掛け時計で時刻を確認する。薬が切れるのはもう少し先のはずだ。  そう。結局、倉田は我慢できなくなったのだ。高校の時に散々苦しんだ気持ちをまた味わえなければならないなんて耐えられなかった。これはただ、森本に欲情しているだけだ。  森本さえ手に入れば。森本を抱きさえすれば。この苦しみから解放される。そう思った。  森本が、毎日部活が終わった後に数時間残っていくのは知っていた。教育熱心とはほど遠い他の教員がとっとと帰る中、面倒な仕事も全て引き受けて頑張る姿は、高校の時となんら変わらなかった。  この学校は、最後に残った教師が帰る際にセキュリティーを稼働させてから校舎を出ることになっている。つまり、教師が残っている間はセキュリティーカメラも動作していない。妙なところで費用を節約しようとする学校の方針だったが、倉田には好都合だった。  倉田がしようとしていることを、誰にも気付かれず、証拠も残さず行うには、学校内が最適だと思えた。どちらにせよ、森本の家も知らない。後をつけて行き当たりばったりで襲う方がよっぽどリスクがある。 『森本先生、今日も残業ですか?』  1人で黙々と書類と戦っていた森本が、驚いて振り返った。時間は夜8時を過ぎたころだったが、職員室には倉田と森本以外、もうすでに残っている教員はいなかった。 『あれ。倉田先生もですか?』 『はい。月曜日の実験の準備があるんで』 『ああ、そうなんですか。お疲れ様です』  森本が笑顔を向けた。倉田も微笑み返す。普段、ほとんど自分から話しかけたこともなかったので、森本が若干戸惑っているのが分かった。倉田は構わず話を続ける。 『毎日、大変ですね。部活の顧問だけでも大変なのに』 『部活は自分も好きでやってるんで。運動不足の解消にもなりますし』 『見ましたよ。全力で一緒に走ってましたよね』 『まだまだ負けられないなと思って。でもおかげで汗だくになってしまったんで、さっき部室のシャワー借りてきました』  ああ、だからか。いつも部活後、そのままジャージ姿で残業することが多いが、今日は珍しくスーツに戻っていた。よく見ると、髪もまだ少し濡れている。 『あ、そうだ。森本先生、コーヒーどうですか? 僕、煎れましょうか?』 『え? いや、そんな、お手数かけますし……』 『僕も今飲もうかと思ってたところなんですよ。だから、ついでなんで』 『そしたら……お願いします』  倉田は森本のコーヒーに微量の睡眠薬を入れた。何も知らない森本はそれを美味しそうに飲んでいた。

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