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第13話
まさか、陸が家を出て行った日に交通事故に遭っていたなんて。
「……なんで俺に連絡ないんだよ」
「だってお前、家族じゃないじゃん。陸くんの所持品にもお前に繋がるものなんてなかったみたいだし」
「携帯があるだろ?」
「だけど、かけても繋がらなかったんだろ? 壊れてる場合もあるし、事故でなくした場合だてあるしさ。まあ、持ってたとしても、お前には連絡できなかったと思うけどな」
「……どういう意味だだよ」
「……陸くん、記憶障害起こしてたらしいから」
「記憶障害……?」
「そう。事故で頭を強く打って、その影響で記憶の一部が飛んじゃったわけ。脳自体には異常はなかったみたいだけど、少し出血もあったみたいだし、腫れも確認できているから、一時的に記憶喪失のような状態になってもおかしくない」
「ちょっと……理解がついてこないんだけど……つまり、陸は、俺のこと忘れたってこと?」
「事故直後はな。今は分からん。脳に障害が残ってるわけじゃないから。時間が経てば少しずつ思い出していくとは思うけど、早さも可能性も人によるしな」
「…………」
そこでふと、まだ話の中に出てこない、栗原の同僚の男を思い出した。
「その陸と一緒にいた男はどこに絡んでくるんだよ?」
「そう、で、そいつが、どうやら事故に居合わせてたらしいんだよね。で、看護師だから手伝いも兼ねてそのまま救急車に同乗したみたいなんだけど」
煙草吸っていい?と栗原が言った。が、哲也が了承する前にさっさと煙草を取り出して火を点ける。煙草を咥えると、ふうっと、美味そうに煙をゆっくりと吐いて、再び口を開いた。
「これは俺の推測も兼ねてるんだけど。そいつ、陸くんの家族に連絡取ろうとして施設育ちって知ったんじゃないか? で、身内もいないし、陸くんも都合のいいことに記憶喪失だし。だから、自分が保護者みたいなもんだって嘘つくなりなんなりして陸くんを引き取ったんじゃないかな。退院後」
「…………」
「今、陸くんに記憶が戻っているのかいないのか分からないけどさ。戻ったとしても、手遅れだったんじゃない? 逃げようにも逃げられないような状況なのかもな」
「それって……」
「監禁されてるとか」
「…………」
何の目的で、なんてその最低野郎に聞かなくても容易に想像できた。陸のそういう好色な輩に付け入れられやすい運命を本当に気の毒に思う。
あいつは何にもしていないのに。ただ、普通の暮らしができればそれできっと幸せだったはずなのに。
哲也と会った時の笑顔1つなかった陸の顔を思い出す。きっと今、陸は同じ顔をしているに違いない。
「まあ……推測もあるから、どこまで合ってるかは分からんけどな。陸くんが、本当にあの男に惚れて、一緒に暮らしているって可能性もないわけじゃないし」
ゼロに近いと思うけど。と栗原がふうっと口から煙を吐いた。
哲也の中で。言い知れぬ怒りが込み上げてきた。その顔も知らない最低野郎に対しても。陸を守り切れなかった自分に対しても。結局は、自分が躊躇して陸の想いに応えられなかったことで招いた事態でもあるのだから。
陸からすでに別れを告げられてはいるけれど。それでも。もし、陸が今苦しんでいる可能性が少しでもあるならば。
「で、どうする?」
黙ったままの哲也の様子を見ていた栗原が口を開いた。
「一応、控えてきたけど。そいつの住所。あと、そいつ今日夜勤だから」
「……栗原」
「ん?」
「送ってくれ」
哲也が素早く立ち上がって上着を羽織るのを見ながら、栗原がふっと笑った。煙草を灰皿に押しつけ、車のキーを掴んで立ち上がる。玄関に向かいながらふと呟いた。
「みちこちゃんとのデート、ドタキャンした甲斐があったわ」
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