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第3話
「ホッキョクオオカミに会った!」
半ば興奮気味に、僕は同僚の研究室の扉を開いていた。ルドルフは僅かに口を開いて、唖然とした顔を向けていた。それと同時に僕は気が付く。
研究室には学生の姿もあった。二十歳ほどの男子学生。彼もまた、驚愕に停止した顔を向けていた。
僕は引きつった笑いを浮かべた。
「悪い、邪魔した。続けてくれ」
気恥ずかしさを隠しながら、僕はそそくさとその場を後にした。
午前の講義を終え遅い昼を取っていると、ルドルフがやってきた。
「さっきは悪かったな」
「僕が考えなしだっただけだ」
とんかつを口へ運びながら決まり悪く答える間も、ルドルフは笑みを浮かべていた。気を悪くはしていないが、面白がっている。
彼はカウンター席の隣の椅子を引いた。片肘をついて、身体ごと僕のほうを向く。
「で? 何があったって?」
「ほっ……」
勢い付いて叫びそうになるのをぎりぎりで抑えた。研究室ならまだしも、ここは食堂だ。僕はごほんと咳払いした。
「ホッキョクオオカミ。といっても、本物かどうかわからない」
「どういうこと」
彼の声には笑いが含まれていた。だがその顔にはからかい以外のものも浮かんでいた。しかしそれが何なのか、追及するだけの理性はすでに僕にはなかった。
「ホッキョクオオカミは日本に存在しない。野生はもちろん、動物園もだ。そんなのが突然、目の前に現れるなんて……現実的に考えてあり得ない」
自分で納得するように僕は数度頷く。
「それと月明かりの下だったから、断言するのも危険だ」
――のはずだが。実質的には。
しかしあの気高いシルエット、神々しい真っ白な毛並みはそうとしか思えなかった。昨夜の光景を思い浮かべながら、僕は首を振る。
やっとルドルフの存在を思い出したように、僕は隣へ視線を投げた。
「とにかく、数日は通ってみるよ。今日とか明日にも出会えれば、少なくとも幻覚ではないって証明されるし」
「君が引き寄せた妄想?」
「という可能性も否定できない」
答えながら、その可能性はあり得ると再考していた。思えば、昨夜帰り間際にチェックしていた学生のレポート内容がホッキョクオオカミだったのだ。
僕は椅子に深く腰掛けると低く唸った。
「どこにいたんだ」
「家の近くの公園。昨日は月が出ててラッキーだった。あの辺りは街灯がないから」
「気をつけろよ」
不意に真剣な声色のルドルフを、僕はきょとんと見返した。彼は味噌汁の入った椀を置いて肩を竦める。
「見たのは夜中だったんだろ? 心配だよ、一人で行くのは。特に君が、他人を惹きつける魅力があるということを自覚していないうちはね」
僕は思わず眉根を寄せていた。美形の代表格に言われても、何も説得力がない。黒髪、黒目、身長も百七十そこそこの、まさに平凡そのものの男を捕まえて何を言い出すのか。
「魅力的だ。君が思う以上に」
僕の心を見透かしたように、彼は繰り返した。
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