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第6章
誰もいない自習室に石蕗と訪れる。面識のない先輩と2人きりになるのは落ち着かなかった。
「よっし、メシだっ」
ツワブキはうきうきした様子でどっかりと椅子に腰を下ろす。しかし、引き戸の前に立ったままの豊高を見て
「座りゃいいじゃん」
と手招きする。豊高は顎を廊下の方にしゃくる。
「いいんスか?」
「ああ、あいつらか?いいっていいって気にすんな。あいつらが言った事もさ」
なだめるような穏やかな声。豊高は少し目を見開いた後、目線を下に落としていった。そしてとぼとぼと歩きツワブキの隣に座る。
「どした?」
ツワブキは真っ直ぐな眼差しを豊高に送る。
「・・・・・・別に」
豊高は庇ってもらえたことが嬉しかった。
しかし、自分が同性愛者であることを認めてしまう気がして、素直に喜べなかった。
豊高はむすっとしたまま、買ったものを机の上に出していく。
紙パックのミルクティー、フレンチトースト。そしてシャケのおにぎり。
これも偶然手に取ったものだったが、
「ぶっ、はははははははは!!」
爆発するようにツワブキが笑い出した。豊高は唖然とする。
「フレンチトーストとおにぎりって・・・
しかもシャケって・・・・・はははははは!」
ツワブキは腹を抱えて笑い転げる。
「なんでだよ、合わねえだろ」
ツワブキはまだ肩を震わせている。ここで豊高はツワブキをジロリと睨んだ。
「適当ッスよ」
「適当かぁ、そっかそっか、お前意外といいキャラしてんなぁ」
豊高は背中をバシバシ叩かれその度にがくがく揺れていた。
どのような顔をしてよいかわからず、表情は宙ぶらりんなままだった。
「あーやべぇ。お前面白いわ」
ツワブキはようやく笑いが収まり、出てきた涙を拭う。
「あ、そうだ。フレンチトーストっ」
ツワブキはニコニコしながら足を軽く開き、その間に両手を乗せた。本当に犬がお座りをしているようで、背後にぱたぱた揺れる尻尾まで見えてきそうだった。
「俺、いいって言ってないッスけど」
豊高は冷やかな視線を送る。
「マジかよっ!?」
ツワブキは自身の頭を鷲掴みにし椅子から立ち上がった。
豊高は一つため息をつき、黙って袋に入ったフレンチトーストを差し出した。ツワブキは頭に手を当てたまま、フレンチトーストと豊高を交互に見た。
そして「おおぉお・・・・・・」と何か神々しいものを見る目つきでフレンチトーストを両手で受け取った。
「サンキュー立花!」
ツワブキはにかっと歯を見せて笑うと椅子に座り、上機嫌で封を破きかぶりついた。
ご褒美を貰えた犬のようだった。
「先輩って・・・・・・・・」
豊高がミルクティーにストローを刺しながら切り出す。
「俺のこと、気色悪いとか思わないんスか?」
豊高はミルクティーを啜ったが、ツワブキはフレンチトーストをかじるのを止めた。
口に残ったフレンチトーストを噛み砕き飲み込む。
そして言った。
「お前ってさ、ホントに男が好きなのか?」
豊高の表情が固まる。ストローを咥えたまま黙りこんだ。
「あっほら、好きなの食っていいから」
ツワブキが買った物の入ったビニール袋を目の前に置かれても、豊高はじっとミルクティーのパックを見つめている。
ツワブキは引き続きフレンチトーストをかじり豊高の返答を待つ。
ツワブキが最後の一口を飲み込むころになって豊高は
「・・・・・・・分かんね」
と呟いた。
「ふぅん」
ツワブキはどこか遠くを見るような目で、ペットボトルのカフェオレを口に含む。
缶コーヒーを買いそびれた豊高は、それを買えばよかったと今更ながら後悔した。
「お前がそれでいいならいいじゃん」
「は?」
豊高は眉間に皺をよせツワブキを見る。
ツワブキはもう一口カフェオレを飲み
「だぁかぁら、お前が好きならいいってことだよ」
豊高は眉間に皺をよせたまま、何か言いたそうに、唇を小さく開いたり閉じたりしている。
ツワブキはじれったくなったのか、豊高の頭を乱暴に撫でながらカフェオレの混じった唾を飛ばし熱弁をふるう。
「あー!くそっ!だからさ、お前は男でも女でも好きになっていいんだよ!お前を気持ち悪いとか思うわけねえだろっ!」
「・・・ふぅん」
ミルクティーを一口。脱脂粉乳の風味が人口的で、不必要なほど砂糖が入っていて甘ったるい。
やはりこれはハズレだったと認識した。
「あれ、興味ナシ?」
ツワブキは豊高の顔を覗き込む。すると豊高はストローから口を離す。
「・・・気ぃ使わなくてもいいっスよ」
「お前・・・かわいくねぇ」
ツワブキは拗ねたように口を突き出す。
「いいッスよ。俺男ですから」
「うわっホントかわいくねぇ。カノジョそっくり」
「いるんスかカノジョ」
豊高はぱっちりと目を開く。かなり驚いたようだ。ツワブキの顔が緩む。
「カノジョねぇ・・・」
「羨ましいだろ」
ツワブキは二カッと歯を見せて笑う。
「羨ましいッス」
ツワブキは驚いて身を乗り出し、椅子がカタンと音を立てた。
「なんで?お前男好きなんじゃねえの?」
「いや・・・・・・」
豊高は目を伏せる。
睫毛が長い。大きな瞳にその陰がくっきり映る。やがて形の良い唇が言葉を落とす。
「・・・・・・普通で、いたいから」
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