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第7章

豊高はストローを噛みしめる。 なぜこうなってしまったのだろう。 このことを考える度、胸が苦しくなる。 「男が好きだったら普通じゃねえのか?」 ツワブキの目が突然鋭くなる。啜ったミルクティーは口まで届かなかった。 豊高はツワブキの変化に気づかない振りをして続ける。 「いや、普通じゃないでしょ」 続きの言葉を言えば、傷つくと分かっていた。 本当に言ってしまってもよいのか、という気持ちが湧き上がる。まるで傷口から滲み出す血のように。 足が貧乏ゆすりを始めた。体が言うなと警告している。 豊高はそれをねじ伏せ、自虐的な言葉で自分を切り裂く。 「・・・普通、気色悪いって」 「お前、自分のことそう思ってんのか?」 獣の唸るような低い声に豊高の体が小さく震える。 本音が見透かされるのでは、という焦燥に駆られていた。 「ふざけんな、お前」 怒気を感じさせる重低音。 豊高の背に戦慄が走った。 「先輩には関係ないッスよ」 不覚にも声が震えた。 しかし精一杯の強がりだった。 沈黙ができたので豊高にはミルクティーを飲み干す猶予が与えられた。 だが味なんてわからなかった。 気持ち悪い甘ったるさが口に残る。 ああ、やっぱり失敗した。 ツワブキの、拳で机を叩く音が沈黙を砕いた。 豊高は体を縮こませる。 「よし、この話は終わり!終わり終わり!」 ツワブキがパンパンと手を叩いた。 「俺のカノジョの話をしよう!」 豊高は、は?と口を開く。 「この前ヨウコがさ、あ、名前は吉野ヨウコ!あ、踊る子で踊子!俺とはタメで見た目大和撫子でツンデレで毎日が萌えぇぇ!」 猛烈な勢いで話し出すツワブキに、豊高は空になったパックを持ったまま目が点になる。 そんな豊高を尻目にツワブキの行動はエスカレートしていく。 いきなり窓から顔を出し、上の階に向かって彼女の名前を叫び出す。豊高はあんぐりと口を開けて見ていることしかできなかった。 やがてツワブキは叫ぶのを止めると、手を大きく振りながら 「ヨウコォ!愛して、ぶっ!」 上から馬鹿!という声とともに、厚めの教科書が降ってきた。 見事にツワブキの頭にヒットする。 漫画のようなその光景に、豊高は思わず吹き出した。 ツワブキは締まりのない顔で頭をさすり豊高の元へ。 豊高は口を手で覆いつつ、肩を上下させて笑いを堪えていた。 「なんだよ、笑えばいいじゃん」 ツワブキは照れたように笑う。 その時チャイムが鳴った。 ツワブキは壁に掛けられた時計を一瞥しヤベッと呟く。ビニール服を手に持ったが、中身を見て目を丸くする。 「あれ、お前何も食ってねえじゃん」 「いいッス」 豊高は気づいているだろうか。 自分の表情が、いくらか柔らかくなっていることを。 「いいからいいから」 ツワブキは机の上にクリームパンを置き 「じゃあな、たまには部活来いよ」 あの人懐っこい笑顔を見せ教室を出た。 「・・・・・・部活?」 豊高はひとりごちた。 五限目が始まっているにも関わらず、廊下をゆっくり歩きながら思考を巡らせる。 部活、ツワブキ。 この二つのキーワードが引っかかる。 ツワブキタクゴ 石蕗卓伍 「あ」 一人の名前が頭に浮かんだ。 「部長じゃん・・・・・・」 教室の壁に、部活動の顧問と部長の名簿が貼ってあったことを思い出す。 確かツワブキという名前も載っていた。珍しい苗字だったので何と無く覚えていた。 ちなみに豊高が所属する部活はコンピュータ部である。 「あわねえー・・・」 そう呟きながら教室に入る。 すると教師からの叱咤と「・・・独り言?キモッ」とクスクス笑う声が耳に入った。 しかし豊高は腹を立てることなく ーーああ、俺今喋っていたのか と意識しただけだった。 再度言うが、豊高は教室で言葉を発したり、誰かと話したりすることはない。 まして笑ったことなど皆無だ。 ごく稀に話しかけられても、喋り方を忘れたかのように最初の一言が出てこないなどしょっちゅうである。 久々に誰かと会話したからだろうか、と頬杖をつく。 机の横に掛けたビニール袋の中にはクリームパンが収まっている。 それを見ながら豊高は部活動に行ってみようかとぼんやり思った。

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