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第17章

豊高が部室に行かなくなってから、半月が過ぎた。 教室に到着するなり、学生服に身を包んだ生徒が暑い暑いとぼやきながら学生服を脱ぎカッターシャツになる。 教室にかかるカレンダーは10月に変わっていた。 豊高は、相変わらず自分の殻の中で過ごしている。周りから突つかれることもなくなった。 だが、部室には、石蕗の元には行く気分にはなれなかった。 石蕗とコンタクトを取ることへの執着も薄れてきており、当たり障りのない日常に身を浸していることの気楽さに慣れてしまっていた。 ただ、思い出というには大袈裟だが、石蕗と過ごした時を思い出すと心が温かくなり、チクリと痛むのだった。 誰かと、話したい。 石蕗の存在は、豊高の淀んだ心に吹き抜けた一陣の風だった。 心がざわめき立ち感情が言葉になるのを待ち詫びている。 豊高は肘をつく手と足を組換え、身体の動きで解消しようとした。 だが、どうにもじっとしていられなくなり、誰となら当たり障りなく話せるだろうか、と考えて始めてしまい、ほどなくしてそんなことを考えてしまう自分が虚しくなってしまったのだった。 授業が終わると豊高は職員室に向かった。授業の質問をするくらいなら、変に思われないだろうと考えたのだ。他の生徒の目も少ない。 中を見渡し、先程の数学の授業をしていた教師を探す。 すぐに見つかったが、生憎他の女性教師と話していた。諦めて踵を返そうとした身体を、声に絡め取られる。 「もしかして、立花君?」 数学の教師とは違う、女性の声。 背後に気配と化粧品の匂いがした。 振り返ると先程数学の教師と話していた女性教師がいた。 肩まで切られたダークブラウンの髪。色白で、頬に丸みを帯びた幼さの残る輪郭。その顔に女性教諭は自身の指を指す。 「ほら、保健室の」 豊高はハッとした。 中学生の時の、養護教諭だった。 「すいません、ちょっと・・・」  豊高は咄嗟に知らない振りをした。 「そうだよね、そんなもんだよね」 養護教諭は落胆したような言葉を落とす。 「少しの間だけど、よろしくね」 控えめな声色と話し方だが、しっかりした口調と真っ直ぐ見据える瞳。豊高の知る養護教諭とはまるで違っていた。直視できず視線が彷徨う。 また、過去に散々邪険に接したことに罪悪感を覚えた。 豊高は曖昧に相槌をうち挨拶もそこそこに、逃げるように教室に戻ったのだった。 数日後の全校集会では、産休を取る養護教諭の代わりに、あの養護教諭が入ることが発表された。 豊高は苦い顔でそれを聞いていた。 当時の豊高にとって、あの養護教諭のおどおどした態度は事件にあった自分を気遣うものであったのだろうが、それが事件のことを思い起こさせ不快でしかなかった。 また、邪険に扱ってもひたすら豊高と関わろうとし、姿を見たり声を聞くだけで胃が痛むようになってしまった。 だが、職員室で出会った彼女は、悪戯に慰めの言葉をかけるばかりだった当時の姿とは違っていた。 確かな意思と、教師としてのオーラやプライドを纏っているように思えた。 今となっては、彼女なりに傷ついた生徒を癒そうとしていたのだろうと考えることもできた。 そうではあっても、簡単には許せない、という点が、豊高の幼さだった。 彼女は成長した、ということを認めたくなかった。 でなければ、自分はあの時からーーー しかし彼女は早速、豊高にとっての利益をもたらした。 養護教諭は背が低く、くるりと大きな瞳の愛らしい容姿をしていた。 可愛らしい若い女性の教師に生徒たちの関心が集まるのは必然であった。 休み時間には生徒たちが保健室に詰めかけ、人がまばらになった教室で豊高はしばらく静かに過ごすことができるようになった。 自由に思考する時間が許され、豊高の悩みの種はまた一つ増えるのであった。

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