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第18章

「あ、立花君、最近元気?」 廊下ですれ違ったのは、養護教諭だった。白衣のネームプレートには"漆間奏子"と明朝体で刻まれている。そういえばそんな名前だったな、と思い出す。 「元気そうだね」 豊高は顔をしかめる。この不機嫌そうな顔のどこがそう見えるんだと苛ついた。 だが、やはり嫌な人物だと感じ、安堵感を覚えたのも事実だった。 「何かあったら、いつでも言ってね」 養護教諭は歯を見せニコリと健康的な笑顔を見せる。豊高にはそれが薄っぺらく感じた。 廊下の先で生徒達がソーコちゃーん、と養護教諭を呼ぶ。またね、と養護教諭は生徒達に向けて足を進めていった。 豊高は詮索されずほっとしたが、胸の中に嫌悪や苛つきが燻り立ち込め始めた。顔つきも険しくなる。 何より、自分が小さな人間に思えて唇を噛んだ。 豊高は反対方向に歩き出す。 が、堪らず振り向いた。 養護教諭と周りに集まり話す数人の生徒。 その中に、石蕗の姿を見つけたのだ。 豊高と話す時と同じように、笑い、おどけ、はつらつとした表情を見せる。胸がきゅっと締まった。 話しかけて貰いたい。 豊高は込み上がった感情に任せて歩み寄ろうとしたが、一歩踏み出したところで身体が揺れ、我に返った。 周りに人がいることに怖じ気づいたのだ。 更に、養護教諭と視線が合う。彼女が怪訝そうに眉を寄せるのを見た瞬間、豊高は早足で教室に戻った。 案の定、放課後になると養護教諭に捕まった。 さりげなく、なにか用事があった?と聞かれ、ないです、と答える。 そして、身の毛がよだつ一言を言いはなったのだ。 「好きなの?石蕗君のこと」 養護教諭は柔らかな笑みを浮かべていた。 豊高にはそれが得体が知れなく不気味で、自分を追い詰める魔女と対峙しているような錯覚に陥った。 「違います」 「そう・・・」 養護教諭は口に笑みを作ったまま目尻を下げる。 「ちゃんと自分を、自分の気持ちを、大切にしてね」 なんなんだコイツは、大きなお世話だ、と叫びたいのを必死に堪え、養護教諭が立ち去るのを待った。 そして足音荒く下駄箱に向かい、多少大げさにガタガタと音を立て、シューズから靴に履き替える。 「くそっ・・・・・」 豊高はキリキリと胃が痛むほど感情が昂ぶっていた。叫び散らし目に入ったものを片っ端から壊したい衝動に駆られた。喉元まで出かかっているそれをぐっと押し込み、霧散するまでじっと耐える。 帰宅すると真っ直ぐ部屋に入り鍵を掛けた。ベッドに倒れこむ。 気分はいくらか晴れており、はあ、とため息を吐く。 養護教諭から石蕗の名が出て、豊高の心臓は跳ね上がった。まさかあんなに簡単に自分の心の中を、石蕗に好意を持っていること見抜かれるとは思わなかった。石蕗と自分はなんら関係ないと押せばよかったと反省する。 怒りは晴れたが胸に靄がかかる。 楓の顔が浮かんだ。 話したい。 なんでもいいから、言葉にして吐き出してしまいたい。 楽になれる気がする、きっと・・・ 豊高はそんな想いを、眠くなった身体と共に布団に押し込んだ。

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