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第19章

貴方は悩みを誰に相談する? 友人、両親、恋人、上司、それともまったくの第三者だろうか。 豊高と同じように。 楓と再会したのは10月も後半に差し掛かったところで、場所は夕方のコンビニエンスストアだった。 豊高は思考と自分の時間を持て余し、ふらりと放課後にコンビニに寄りレジに並ぶと、隣のレジに汁粉とビーフジャーキーを並べる人物がいた。 なんて組み合わせだ こんなものを誰が買うのだ と、自分の焼きプリンと茎ワカメというチョイスを棚にあげながらふと横を見ると、ダブルボタンのジャケットの襟首に冗談のように整った顔が乗っていた。 切れ長の目からすらりと豊高の方へ瞳が流れる。 「・・・・・・なにしてんの?」 豊高は目を丸くし、楓に向かって呟いた。 会計を済ませ外に出ると、オレンジの空に墨をはいたような黒が降り始めていた。 豊高は店名のネオンが目立ってきたコンビニエンスストアを見上げる。 「こういうとこ、来ないと思ってた」 「たまに」 楓はさらりと答える。 「なんで、あんなの選んだの?合わないだろ」 「なんとなく」 「てか、コンビニであんた浮きすぎ。レジの娘目を白黒させてたぞ」 かっちりしたシルエットのジャケットとパンツが細さを強調し、くやしいが芸能人のようだと感じた。 「そうか」 「そうかって。まあいいや。 ・・・・・なんだよ、人の顔ジロジロ」 「・・・・・よく喋るんだな」 豊高は顔から火をだした。 「いやっそのっ」 自分がベラベラ平気で喋っていたことや、知らぬ間に饒舌になっていたということにパニックを起こす。 今迄の自分にはない部分が突如として表れ、戸惑いを隠せなかった。 そして、今までの自分の性質を変えることを恐れ、押し黙った。 しばらく無言で並んで歩く。 ちらりと横を見ると、楓は真っ直ぐ前を見つめていた。 10分か15分程歩いた頃だっただろうか。再び横を見ると、楓と視線がぶつかった。 楓がふっと微笑み、頬にかかる黒髪がさらりと揺れる。そして手の平をひらひら振る。 別れの挨拶だったらしく、豊高に背を向け小路に入った。 「あっ・・・・・」 思わず声をあげると、楓が振り向いた。 しばらく見つめたのち 「来い」 と優しく頬笑んだ。 顔が赤くなるのを感じた豊高は、咄嗟に下を向く。 「よし」 楓は肯定の意味で頷いたと捉えたらしく、すたすたと歩き始め、豊高は慌てて追いかけた。 あの洋館に着くと、本当にここは日本なのか、という疑問を改めて持たざるを得なかった。周りに住宅もなく、田園地帯の真ん中にぽつんとある屋敷。 中に入ると西洋の建物の造や調度品がより現実離れした空間を演出し、豊高は落ち着かなかった。 応接間に通されたが、豊高はあのこじんまりとしたキッチンを望んだ。 豊高が椅子に座ると同時に楓が目の前に紅茶の缶とコーヒー豆の袋を差し出した。 戸惑ったが、飲み物を勧められていることに気づき 「コーヒー」 と答えると楓はコーヒー豆を機械にいれ始めた。ガリガリと古いドリップマシンが壊れそうな音を立てており豊高はハラハラした。 壊れない、それ? と聞こうとしたが、よく喋るな、という言葉を思い出しむっつりと黙る。 やがて、きちんとソーサーに乗ったコーヒーカップが出された。 白い湯気が芳しい。丁寧に入れられたコーヒーを飲むのは初めてで、豊高はほんの少し期待しながら口に含む。 だが、 「ぐっ」 缶コーヒーばかり飲んできた豊高の舌には、猛烈に苦かった。顔を歪める豊高に、楓はミルクと角砂糖の小瓶を差し出す。 豊高は焦っている素ぶりを見せまいと努力しながらミルクと角砂糖を入れた。いくらか味が和らいだが、やはり苦味が強かった。 涙目になりそうになりながらコーヒーを飲み干す。 楓は豊高以上にミルクと角砂糖を入れ、優雅な所作でスプーンを掻き回している。 「この野郎・・・」 豊高の呟きに楓が視線を向けたため、なんでもない、と答え不貞腐れた。 やがて時間をかけてコーヒーを飲み終えた楓から 「何かあったか?」 「え、」 唐突に切り出され、面食らった。 楓はただ見つめている。 豊高は学校でのこと、過去のこと、家庭のこと、石蕗のこと、養護教諭のことなどが記憶から溢れかえり、咄嗟に言葉が出なかった。 「ない、何も」 自分で解決したい、しなければならないと豊高は考えていた。何より知り合ったばかりの人間に、打ち明けづらかった。 「いつでも」 楓が口を開く。表情はどこまでも静かだった。 「いつでもいい」 豊高の目に光が差す。そして、ゆっくりと頷いた。 悩みを吐き出させるわけでも、目を逸らす訳でも、親切を押し付ける訳でもない。 いつでも話してくれればいい、と。 柔らかな優しさが、とても嬉しかった。 恐る恐る、豊高は口にする。 「また、来るから」 楓は頷く。豊高の表情が緩んだ。 豊高は知らず知らずのうちに楓に心を開いていた。締め切った部屋の窓を開けたように、淀んだ空気が排出され、新たな風が吹き込み心が軽くなる。 だが、なんの解決にもなっていないことから、豊高は目をそらした。

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