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第24章
豊高は自宅の扉の前で立ち止まった。
深呼吸をし、平常心を呼び起こす。しかし、ふと思考の隙間をあけると至近距離で見た楓の少し戸惑った表情が蘇り、目の奥がむず痒くなった。
豊高はついに勢いよくドアを開ける。同時にただいまっ、と小さく呟くと、
「遅いな。どこに行っていた」
父親が、玄関の前にいた。
豊高はドアに手をかけたままぴたりと止まり、やがて全身から汗が噴き出した。
なぜこんな時間に?
なんでこんな時にそんなことを?
なんの用なんだ?
混沌とする頭の中を父親の声が貫く。
「どこに行っていた」
豊高はぱくぱくと口を動かした。
疑問がうずまいていた頭は、言い訳を考えるのに必死になっている。
「・・・ぶ、部活」
「部活がこんな時間までやっているわけないだろう」
豊高の危機感は募っていった。
「帰りに友達と軽く食べてきたから」
徐々に落ち着いてきた豊高は、父親の横をそそくさと通り過ぎた。が、肩を掴まれ玄関に押し戻された。
父親は、口角を持ち上げていた。薄く、笑っていた。
「友達・・・?!お前にか?」
明らかに馬鹿にした態度に、豊高はかあっとなった。
「いるって。それくらい」
苛つきを押し潰した声だった。
「ふざけるな!」
そして、視界が一瞬白く、頬が熱くなり頬骨を中心に痛みが広がった。殴られたのだ。その事で、自分の言葉は全く信用されていないことに気がつき、豊高はぐっと拳を握り込んでいた。
「あの、もう、辞めて・・・」
母親がキッチンの入り口に立ち、蒼ざめた顔でこちらを見ていた。消え入りそうな声と姿の母親に対して、ぎり、と歯軋りした。父親は母親につかつかと歩み寄り、迷わず頬を叩いた。ひっと小さく悲鳴があがる。
「ちゃんとしつけをしろ」
そう吐き捨て父親は応接間に消えた。
母親はその場にへたり込み、涙ぐみながら頬に手を当てていた。
豊高はゆっくり立ち上がり、冷凍庫から保冷剤を取り出して自身の頬にあてた。慣れたことだった。
廊下に出ると、母親はまだ廊下に座り込み、声を押し殺し泣いていた。豊高は哀れみを通り越し呆れた。
二つ三つ母親の目の前に保冷剤を転がし、自室へ戻った。
ーーーーー「おう立花」
学校で、石蕗にいつものように呼び止められる。部室に行く途中の渡り廊下だった。
精悍ながらもどこか幼さを残す笑顔にホッとする。
しかし今日は、表情も沈みがちになり笑顔も言葉も上手く浮かばない。
「どーした?体大丈夫か?」
石蕗は心配そうに豊高の顔を覗き込む。澄んだ茶色い瞳に自分が映りドキリとした。
「・・・大丈夫ッス」
「マジで?」
石蕗の顔が近づき、豊高の顔はますます赤くなった。
「照れてんじゃねーよ」
石蕗は愉快そうに豊高の頭を軽くはたく。
「あ、ソーコちゃん」
前から、養護教諭が歩いてきた。
少し髪が伸び肩にかかるくらいになっていた。
2人を目に止めるとにっこり笑う。
しかし、次の瞬間眉をひそめる。
「あれ、立花君、顔どうしたの?」
豊高は胃がひっくり返りそうになった。
殴られた後、よく冷やしたためか腫れは殆んど引いたが青痣が少し残っていた。
「ねえ、立花君、もしかして」
殴られたのではないか、昔のようにいじめられてはいないか
、という言葉が続くのが瞬時に予測できた。どうすれば言い逃れできるか、必死に考え、経験したことがないほど頭を回転させる。
「俺の顔、どうかしました?」
豊高は、困ったように笑ってみせた。養護教諭は面食らったようだった。豊高は優越感にますます笑みを深める。
「あ、うん、顔・・・大丈夫?」
「いや、なんともないですけど」
養護教諭は不思議そうに豊高を見つめる。
「でも・・・ううん。いつでもなんでも話してね」
養護教諭が去った後、豊高は短くため息をついた。石蕗はずっと豊高を見ていた。そしてぽつりと言う。
「立花さ、ソーコちゃん嫌い?」
豊高はハッとする。
「シワがすっごい」
石蕗は自分の眉間を指差す。更に、こんなん、と顔をしかめて見せる。豊高は拗ねたように口を尖らせる。
「・・・お節介な感じが、イライラする」
「ふーん」
石蕗はいまいちピンと来ていないようで、曖昧に受け流した。
「なんか、母親にどっか似てるんスよね、あの感じ」
「てことは母親が嫌いってかお前反抗期かー」
「いや、マジで嫌いッス。親のことが」
「お前さ、そんなん親に言うなよ」
石蕗は険しい表情を作る。
「マジな事言うけどさ、お前さ、恋人作るんなら子どもも作んないってことだろ、そうなったら今の親はお前の最後の家族なんだぜ?」
豊高は、雷に撃たれたような思いだった。そんなことは考えたこともなかった。少しだけ、怖くなる。
だが、それで今すぐ家族への態度を変えようと思う訳ではなかった。嫌いなものは嫌いなのだ。
また、石蕗が、自分が男性と交際することについてごく自然に話に織り交ぜてきたことにも驚いた。
その話題は避けているものとばかりに思っていた。
そのことが、少し嬉しかった。
「センパイ、マジな事言いますけど、」
「おう」
あなたに会えてよかった
言おうとした言葉は大袈裟で、気障たらしくて恥ずかしくなり
「昼休み、もう終わりますよ」
「マジで?!」
と濁したのであった。
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