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第39章

あっという間に一月が終わり二月に差し掛かる頃、豊高はある生徒と出会う。 「おう、立花」 ドスの効いた低い声、無作法に伸びた黒く長めの前髪の合間からギラギラした目が覗く。猫背だが、背筋を伸ばせば豊高より少し背が高いくらいだろう。 体格は中肉中背といったところか。 不良だろうか、 というのが第一印象であった。 豊高が疑問符を頭いっぱいに並べていると、女子生徒が何人か固まって男子生徒を見つめ、何やら話している。 「なんか、用があんじゃないの?」 豊高は逃れるために、女子生徒たちの方を指差す。 男子生徒が振り返ると、女子生徒たちは黄色い声をあげ、男子生徒が近づくと愛想良く話し始める。 と、突然、女子生徒の顔が引きつる。すーっと、気まずそうに波が去っていった。 何回かそのような場面を目撃し、豊高は首を捻った。顔は取り立て美形でも不細工でもないが、長髪気味な髪とすべすべの肌がぱっと見アイドルグループのような雰囲気を醸し出していた。 豊高が教室に戻ると、あの男子生徒が、教室の一番前の隅の席に背中を丸めて座っていた。 豊高はひっくり返りそうになるほど驚いた。 ホームルームの出席を取る時にはっきりした。 赤松の名前を読み上げられた時、驚きの声を上げたのは、豊高だけでなかった。 観葉植物のようだった赤松の周りには、蝶や蜂のように生徒たちが群がっていた。 赤松は特に愛想を振り撒く訳でもなく淡々と受け答えをしているようだった。 豊高は体躯の太さが変わっただけで、不潔に見えた長い黒髪がファッショナブルになり、陰気な雰囲気がミステリアスなものになったことなど、嫌悪を感じたものが魅力に転じてしまうことに驚いていた。 また、容姿が変わっただけであれほど人の態度が変わることにも、そうなって当然という理解はしていたが、目の当たりにするとやはり衝撃を受けた。 コンピュータ部は、相変わらずだった。赤松の姿を目に留めると、一瞬見向きはするが、すぐノートに目を落とす。良くも悪くも、我を通し我が道を行く人物が多いのだろう、と豊高は少し部員たちを見直した。 赤松も、心なしかほっとしているようだった。 「おーっす、うおっ誰!?」 例外は、存在したが。 戯れに顔を出した元部長に、赤松も豊高もため息を吐いた。 赤松は元来の物静かな性格と愛想のなさから、次第に1人で過ごす時間が多くなった。 しかし、部活動では豊高と話す機会が増えていった。 お疲れ、と声を掛け合うことから始まり、ルーズリーフ等の貸し借りや、試験の予定の確認など会話するようになり、半月もたつといつの間にか一緒に下校するようになった。 赤松はまず、自分が持病を抱えていたことから話し始めた。 腎臓を悪くし、体中が浮腫んでしまった。 冬休みに入る前から新学期に掛けて入院し、手術に成功して登校できるようになったという。 豊高は赤松の容姿に嫌悪感を持ったこと、見かけだけで判断したことを反省した。 赤松はいじめが無かったのは豊高がいたからだろう、と言っていたが、赤松は強い人間だと分かった。 容姿が変わる前も、変わった後も、気取ることも威張ることも奢ることもなかった。変わったのは、周りの反応だけだ。 醜い容姿だった時期、時に笑われつつも、彼は意に介さなかった。彼の中には、他人は他人、自分は自分という一本の太い芯があったのだ。 豊高と一緒にいることが多くなった赤松は、戯れに男子生徒たちに揶揄されたことがある。赤松はその時も、何が悪い?と不思議そうな、だが毅然とした態度を取っていた。 豊高は赤松に尊敬を覚えた。 それから初めて、2人に友情というものが芽生え始めた。 それからまた、時の移り変わりを感じさせる出来事があった。 2月の末日、豊高が部室に行くと、女子生徒に声を出さずに手招きされた。新しく部長になった、大人しそうな女子生徒だった。 何事かと近づくと 「卒業式に渡すから、1年に回してね」 と厚手のビニールでできた手提げ袋を渡された。中を覗くと、色とりどりのイラストで彩られた色紙が入っている。 3年生たちに宛てた、寄せ書きだった。 豊高の心臓が跳ねる。 卒業が、石蕗との別れが刻一刻と迫り来ていた。

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