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第42章
ーーーー殺される
立花康平に殺される
豊高は恐怖心を押し殺し、玄関のドアを開けた。
どこもかしこも暗かった。物音一つしない。真夜中なので当たり前のことだろう。
廊下をなるべく静かに進む。最初は動悸が止まらなかったが、何事もなく安心し始めていた。楓の杞憂、または勘違いだったのではないか。
ほっとして、自室のドアに手を掛ける。
ーーードアを開けると、父親が佇んでいる。怒りに目をギラつかせ、悪鬼のごとく拳を振りかざす。
そんな想像が一瞬よぎったが、漫画のような馬鹿馬鹿しいことがあるものかと、一気に、しかし音を立てずにドアを開ける。
一瞬恐怖がピークに達し目の前が真っ白になったが、すぐ暗闇に包まれた視界が戻ってきた。深く息を吐き、ベッドに倒れこむ。
なんだ、何もないじゃないかと、豊高は心底安心し、眠りについた。
その日は、楓の夢を見た。
スーツを着て豊高に背を向けて座っている。
夢の中の豊高は楓が誰なのか分からなかった。
見たことはあるのだが、どうしても思い出せない。
声も聞いたことがあった。
まごうことなき楓の声だ。
しかし、夢の中の豊高には分からない。
父親が、初めて家に連れてきたのだから。
豊高は深夜、目が覚めた。
夢を見たことは覚えている。しかし、どんな夢だったか思い出せない。誰か、知っている人物が出てきていた気がする。思い出そうとすればするほど、その内容は遠ざかって行く。
豊高はあきらめ、携帯電話を開き時刻を確認する。画面を見た途端、目を見開いた。
3桁を超える、母親や父親からの着信が入っていた。
一気に目が覚めたが、気味が悪くなりかけ直す気になれなかった。留守番電話の件数も相当な数であり、内容を見ずにすべて消去した。
すると、再び母親から電話がかかっててきた。
豊高は不信感を募らせる。母親は、深夜だと言うのに自宅にいないのか。恐る恐る、電話に出る。
「もしもし!ーーーですが、立花ーーさんの息子さんですか?」
知らない女性の声であり、早口で最初の方が聞き取れなかった。
「あの、どちら様・・・」
「ーーーー病院です!お母ーが昨日ーーこちらに搬送され」
豊高の手から携帯電話がすべり落ちた。携帯電話からは、女性の声が響いている。手先が冷たくなってきた。思考も凍りついて行く。
追い討ちをかけるように、玄関の呼び出し音が鳴った。その音で我に返る。
何度も何度も押され、ノックする音から拳を叩きつける音に変わった。父親だろうか、と恐怖に凍りつくが、父親ならチャイムなど鳴らさないだろうと思い至る。
「かえ・・・で・・・?」
豊高は玄関に駆け出した。楓の名前を頭の中で連呼する。勢いよくドアを開け放つ。
「楓っ!母さんがっ・・・・・」
「こんな時間まで何をしてたんだ!行くぞ!」
豊高は目を丸くする。玄関の外に居たのは、30代後半の浅黒い男だった。手を引かれ走り、地上に着くと黒いハイエースの助手席に押し込められる。
男は乱暴にエンジンを駆け、車を発進させた。街頭やネオンが彗星の如く尾を引いて窓を流れていく。それに照らされる横顔をじっくり確かめ、ようやくこの男が母親の恋人だと思い出すことが出来た。確か三村といったはずだ。
「・・・・・母さん、何があったんスか?」
「・・・・・暴行を受けて、意識不明の状態だ」
「誰から・・・・・?」
「まだ、わからない。だけど、恐らく・・・・・」
三村は豊高をちらりと見た。恐らく、の後にどんな言葉が続くのか予想できた。
「なんで、母さんまで・・・」
「やっぱり、君のお父さんなんだな」
豊高は唇を噛んだ。
「俺の、せいだ・・・・」
「違う」
「俺が、夜中までふらふらしてたから・・・側に、いなかったから」
「それは確かに褒められたことで無いけど、君のせいじゃない」
「違うんだよ・・・・」
自分を責めずにいられなかった。責めていた方が、いくらか不安が和らぐ気もした。殺される、と忠告されていた。
母親に危害が及ぶことも充分想像できたはずだ。しかし、側にいることが、できなかった。膝の上に置かれた拳が固く結ばれる。
「・・・カエデって、君の恋人?」
豊高の目が見開かれる。
「いや、違います」
早口で素早く答える。
「そう。カノジョ?カレシ?」
「えっ・・・・」
背筋がすうっと冷えた。
「お母さんから聞いてる」
「えっ・・・・・え!?」
豊高は混乱する。
「最初は、自分の息子が同性愛者だって認めたく無かったみたいだ。でも、変わってきたんだよ。君が変わってきたから」
「・・・俺?」
「少しずつ、声をかけてくれるようになって、勉強もがんばり始めて、表情も明るくなってきたって。友達も出来たみたいだって、自分のことみたいに喜んでた。
同性愛者ってことに囚われずに、君自身に向き合えるようになってきたんだよ」
豊高は目が覚める想いだった。
気恥ずかしさ、申し訳なさ、嬉しさが湧き上がり、胸がいっぱいになっていく。母親が、そこまで自分のことを考えていたなど、全く知らなかった。家族のことを分かっていなかったのは、自分も同じだったと初めて気付いた。
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