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第3話 ⑧
「亜紀さん、彼氏はいなかったの?」
「いなかったよ」
「亜紀さんぐらい美人だったら相手に困ることなさそうなのにね」
「……ちょっと、圭介くん。どうしたの? 奢ることもできないこんな幽霊持ち上げて」
「いや、ほんとに。亜紀さん、綺麗じゃん」
「……圭介くん好き」
「ちょっ、わっ、亜紀さん??」
亜紀が圭介をまるで可愛い子犬でも愛でるように思いっ切り抱き締めてきた(透明なので抱き締められる感触はないが)。一見1人でたじろいているように見える圭介をじろじろと眺める周りの目に焦る。
「亜紀さんっ、見られてるっ」
「えー? 見えないでしょ?」
「違うっ。俺が見られてる」
「あ、そっか」
そう言って、ようやく亜紀の抱擁から介抱される。ニコニコとこちらを見る亜紀は上機嫌だった。
「あーあ。圭介くんが樹のじゃなかったら私が可愛がってあげるのに」
「……俺、樹のもんじゃないから」
「そう? でも同棲してるし、ヤることやってるし、圭介くん拒んでないし」
「拒むもなにも、拒めないんだって。金縛りにあうから」
それに、最後まではまだしてないし。
「えー、束縛プレイ?」
「違うって!」
きゃっきゃ、とはしゃぐ亜紀を軽く睨む。
「俺のことはどうでもいいから。さっき亜紀さんの話してたんじゃん」
「あ、そうだったっけ?」
「そうだって。で、亜紀さんは、特定の相手を作りたくない派だったの? 樹みたいに」
「うーん。そういうわけでもなかったんだけど」
「じゃあ、どういうわけ?」
そう聞くと、亜紀が一瞬寂しそうな顔をした気がした。
「……まあ、手の届かない人だったから。最初から諦めてた感じかな」
「……そうなの?」
「そう」
「……その人以外、付き合う気はなかったの?」
「うん」
「……そっか」
そこでなんとなく会話が切れた。長年の霊体験からなんとなく察したことなのだが。
この世に幽霊として残っている人たちは、生前に思い残したことや気にかかることがあるケースが多い。亜紀が幽霊としてこの世に残っているのには、何か事情があるのかもしれない。もしかしたら、その手の届かなかった誰かのために。
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