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第3話 ⑩

「あれ?」  リビングに戻ると、亜紀も岡田の姿も見えなかった。後から付いてきた樹に尋ねる。 「2人は?」 「帰った」 「え? そうなの? 亜紀さん、来たばっかりじゃん」 「岡田がいるのが我慢できねーって帰ってった」 「なんで?? っていうか岡田くんは?」 「岡田も帰った。亜紀送ってくってフラフラ付いていったけど」 「作業はもういいの?」 「一段落したから。後は、どれだけダウンロードされるか待つのとメンテ処理だけだし。岡田ももう毎日来なくても大丈夫だろ。簡単なメンテぐらいなら俺でもできるし」 「そうなんだ」  冷蔵庫から自分で煮て作った麦茶を取り出し、グラスに注ぐ。そのままベッドに座って、一気に飲み干した。  うまっ。  冷たい麦茶の感触が喉に気持ちいい。そこでふと疑問に思っていたことを樹に尋ねた。 「なあ」 「ん?」  PCに向かって何やら再び作業を始めた樹が振り返らずに答えた。 「亜紀さんって岡田くん嫌いなの?」 「ていうか、岡田が亜紀に惚れてるからうっとおしいみたいだけどな」 「え?? 岡田くん亜紀さん好きなの?」 「……圭介、気づいてなかったのか?」 「いや、なんか亜紀さんいた時、岡田くんテンション高いなとは思ったけど……」 「圭介もまあまあ鈍感だよな」 「……悪かったな」  でも。幽霊になってから人(幽霊)を好きになるってどうなんだろう。幽霊同士で結ばれることは可能なのだろうか。 「それって、ゴールはあるの?」 「ない」 「だよね……。両想いみたいになっても、そっからどうすりゃいいのって感じだし」 「……方法はある」 「あるの?」 「この世に残っている奴らはそれぞれ未練とか目的とかあるってのは分かる?」 「ああ、それは分かる」 「それって逆に言えば、それがなくなればこの世に残る意味がなくなるわけ」 「まあ……そうだよな」  そこで、PCの画面から視線を外して樹がこっちを見た。 「つまり、『成仏』できるってことになる。『成仏』できれば、来世がある」 「え??やっぱり、来世ってあるの??」 「あるよ」 「そっかぁ。なんか、いいこと聞いた」 「幽霊同士くっついたんだったら、この世にいる意味もないし。他の未練があれば別だけど。同時に『成仏』すれば来世で会える可能性がある」 「可能性……なんだ」 「そう。来世では前世や幽霊だったころの記憶はなくなるからな」 「それって……ものすごく低い可能性じゃないの?」 「まあな。1人がアフリカで1人がインドとかに産まれたら再会は一苦労だろうな」 「……それ、ほぼ、無理じゃん」 「でも、0%じゃない」 「…………」 「幽霊でいてもそっから何が生まれるわけでもない。死んでるから当たり前だけど。ヤることだって自殺行為みたいなもんだし」 「そうなの?」 「お互いの力を奪い合うだけだしな。ヤり続ければその内存在自体が消える」 「それは『成仏』とは違うのか?」 「違う。魂が消える。つまりは『無』になるってこと。だから、先を求めるならその低い可能性に賭けるしかない」 「……そうか」  そこで新たな疑問が浮かぶ。 「でもなんでそんなこと樹が分かるわけ?」 「ごく稀に前世とか幽霊の時とかの記憶が残ってる奴がいて、そいつらから聞いた」 「だけど、『無』になった人たちからは話聞けないじゃん」 「『無』になった瞬間を目撃した奴らから聞いた」 「なるほど……」

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