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第5話 ③
そこでふと思う。2人はまだ付き合い始めてそこまで経っていない。本来なら、彼女が外泊するなんて寂しくなったりもっと一緒にいたいと拗ねたりするのが普通なのではないだろうか。しかし、由奈が1晩いなくなることに、何も感じていない自分を自覚する。
樹と暮らしていた時には、樹の姿が見えないとなんとなく気になったりしたものだが。
「何か飲む?」
「何でもいいよ」
「じゃあ、ビール飲んじゃう?」
「いいね」
ふふっと由奈が笑って、冷蔵庫からビール缶を2つ取り出すと1つを圭介に渡してきた。
「ありがとう」
こうして、よく笑って、よく喋る由奈を見ていると、樹といたあの日々がとても昔のことのように思えた。
そう。昔のことのように思えるのに。
『圭介……』
最後に樹が自分を呼んだあの声が、いつまで経っても鮮やかに圭介の耳に残り続けた。悲しみと、諦めと、苛立ちと……そして、切なさを含んだ声。
人が変わったような樹が怖くて。逃げだしたくて。思わず『さよなら』と吐いて出てきてしまったけど。
『樹は圭介くんのこと、好きなんだと思うよ』
亜紀に言われた言葉を思い出す。樹が自分のことを好きだなんて、考えたこともなかった。だって、幽霊だし。恋愛対象にお互い見ることがおかしいし。
だけど、樹に襲われた時。
『なんで……分からねぇんだよ』
そんな風に呟いて自分を見つめた樹の目には。嫉妬、という言葉がはっきりと浮かんでいた。
そして、その目を見た自分は。
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