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最終話 ⑩
「圭介?」
間近で声をかけられてはっと我に返った。真横に樹の顔。昔はこうして突然、樹が現れる度に驚いて抗議していたもんだが。
「あれ? 作業終わったの?」
「とっくにな。っていうか、全然出てこねーから」
「え?」
「もう、1時間ぐらい経ってるけど」
「え?? そんなに??」
そこで、浴槽の湯が随分ぬるくなっていることに気づいた。
「ぼけっとしてた。出るわ」
急いで立ち上がる。その瞬間、くらっと、立ちくらみがした。よろめいた圭介の体を樹が支える。
「大丈夫か?」
「ん……立ちくらみした……」
「のぼせたんじゃね? ゆっくり出ろ」
「うん……」
樹に手伝ってもらって浴室を出ると、そのままベッドに横になった。
「ほら。水」
樹が台所から水の入ったグラスを持ってきてくれた。
「ありがとう」
上半身を起こしてお礼を言ってから受け取る。一気に飲み干した。その様子をじっと見ていた樹が口を開いた。
「お前、今日はもうこのまま寝ろ」
「え……でも……」
圭介が戸惑ったような声を上げると、樹はふっと笑って頭を撫でてきた。
「そんな状態じゃ、できねーし。俺もやんなくても大丈夫だから」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
「……分かった」
そう呟くように答えて、圭介は目を瞑った。ぱちん、と樹が電気を消したのが分かった。
「おやすみ」
「おやすみ」
なんとなく。不安な気持ちが広がった。最近、樹は必要でなければ圭介に触れてこなくなった。心変わりとか、そういうことは心配していない。樹からは十分に愛されていると色んなところで実感するからだ。
それでも。付き合いが進むにつれて体の関係が減っていくと、樹との距離も広がっていく気がして寂しいような、不安な気持ちになる。
ふと、樹のキスが落ちてきた。軽く触れるだけのキス。圭介の心を読んだかのように落ちてきたそのキスに不安がかき消されていく。
圭介は、安心して眠りについた。
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