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最終話 ⑰
バスタブにお湯を溜めている間に、一旦部屋へ戻ってきて、夕飯の準備を手伝った。その間に、今日の会っていなかった間の報告をする。
「そういや、荻、彼女とこのまま結婚するかどうか迷ってるんだって」
「ああ、そうなんだ」
「荻ってさ、合コンとかして遊びまくってるイメージなんだけど、他の奴のためにアレンジしてるだけで、実は高校から付き合ってる彼女がいてさ」
「前、言ってたな」
「あ、言ったっけ? それで、彼女からプレッシャーが最近酷いらしくてさ。まだ学生だし荻も結婚したい気持ちはあるんだけど、覚悟ができてないみたいで悩んでた」
「へえ」
「田中も就職のことで悩み出してさ。まだ2回生なんだけど。あいつ、ずっと一流企業に入りたいって言ってたんだけど、最近なぜか筋トレにはまったらしくて。トレーナーになろうか迷い出したんだって」
「凄え方向転換だな」
「だよな? でももう四六時中、筋肉のことしか考えられないらしくてさ」
「そうか」
そこでふと、樹が短い受け答えしかしていないことに気づく。
「ごめん。俺の話、つまんなかった?」
樹が鍋からこちらに顔を向けて軽く笑った。
「いや、全然。料理に集中してるからゆっくりは話せねえけど、聞いてる」
「それならいいけど……」
最近の樹は静だなと思う。よく心ここにあらずな感じで考え事をしているように見える。圭介に必要以上触れなくなったこともあり、圭介の中でまた不安が広がっていく。あの、樹との距離が広がっていくような感覚。
自分が気づいていないところで、自分の意思とは関係なく、何かが動いているような予感。
「風呂入ってくるな」
「ん」
その気味の悪い感覚が怖くなり、樹にそう告げると逃げるように浴室へと向かった。
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