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最終話 ㉒

 微かに太陽の気配がして目を覚ます。カーテンの隙間から差し込む光が圭介の顔を撫でた。 「ん……」  随分長く寝たような気がする。部屋の時計を確認すると、朝の9時を差していた。 「おわっ、遅刻じゃんっ」  驚いて起き上がる。いつもは携帯でアラームを設定しておくのだが、昨晩はその余裕もなく寝落ちしたのは覚えている。そういう時には、樹がちゃんと起こしてくれるのだが。  そこで、樹の気配がないことに気づいた。 「樹?」  部屋をきょろきょろしてみる。圭介が起きると大抵、台所で朝ご飯を作ってくれているいつもの後ろ姿がない。ただ、テーブルの上にはもうすでに朝ご飯が用意されていた。圭介の大好きなひじき入りの卵焼きが見える。  珍しく、出かけたのだろうか?  でも、出かけるのは何かに憑かなくてはならずかなり力を使うので、よっぽどのことがない限りしないようなことを言っていたけれど。  とりあえずベッドから降りて、浴室やトイレなど、部屋中を確認してみるが、やっぱり樹の姿はなかった。 「…………」  じんわりと、重い何かが圭介の体の中を支配していく。  考えたくもない。ないけど。  認めなくもない。ないけど。  ちょっと出かけたなどではない、と頭の中のどこかが直感で理解する。 「なんで……?」  掠れた声が口から漏れた。  いつもの冷気がない。舐め回すような視線もない。  力なく立ちすくむ。どうして?なんで?と疑問がぐるぐる頭を回る。  樹。  いつもこの部屋に満ちていた、樹の霊気は跡形もなく消えていた。

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