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最終話 ㉔★
この配達員の男が単純で素直な性格だったのには助かった。そして、ゲイだったことも。男が寝ている間に金縛りをかけ交わることは簡単だった。ほぼ毎晩のようになされる夢の中(
だと男は思っている)の行為に、その男は抵抗するどころか、どこか喜んでいる節もあった。まあ、そのおかげで常に比較的多めの生気をいただくことができた。
とはいえ、自分が長い間憑いていた場所から離れたことは、樹に大きなダメージを与えていた。1週間経った今では生気はだいぶ回復しているが、まだ男に憑いて出かける力はなかった。
圭介はどうしているだろうか。
きっと、腹を立てているに違いない。なんの説明もなく、別れの言葉もなく消えてしまったのだから。だが、圭介に面と向かって別れを告げるような余裕などあるはずもなかった。
圭介を自分のものにしておきたい欲は枯れることなく樹の中にあるのだから。
かちゃ、と鍵が開く音がした。鼻歌を歌いながら男がリビングへと入ってきた。樹は姿を完全に消してその様子を見ていた。
男が鞄を置き、部屋着に着替えるのを眺めながら、あれが圭介だったらいいのに、と思う。もし圭介だったら。後ろから抱き締めて、着替える間もなく押し倒しているところだ。
樹の視線に気がついたのか、男が少し落ち着かない様子できょろきょろと部屋を見渡した。びくびくしているようにも見えるが、見られている感覚に興奮しているようにも見える。
この男は完全にマゾのネコだった。
「ああんっ。あっ。そこっ。やっ」
真っ暗闇のベッドの上。後ろから乱暴に男の中へ突き立てる。その度に、男がうんざりするようなわざとらしい声を上げた。派手に腰をビクつかせて、体全体で快感をアピールしてくるのだが、全く興奮しない。樹は半ば義務のように腰を振り続けた。
このままでは萎えそうだった。樹は目を瞑り、今自分が繋がっているのが圭介だと想像してみた。
『あっ、あっ、ちょっ……たつき……』
想像しただけで、圭介の声も、顔も、体も樹の頭に鮮やかに浮かび上がる。
生気を得るためとは言え、他の奴とヤっていることを圭介が知ったら怒るだろうか。悲しむだろうか。圭介と付き合い出してからは止めていたので、他の奴と交わるのは久しぶりだったが、こんなに気持ちが乗らないものだっただろうか。
圭介。
心の中で呼んでみる。すると、記憶の中の樹と一緒に揺れる圭介が薄らと目を開けて微笑んだ。
『樹』
「あん、あっ、あっ、イく~!!」
野獣の叫び声に近い声を上げて、男が絶頂に達した。樹はその男から溢れ出てきた生気を吸い取れるだけ吸い取り、自分はイかずに繋がりを断った。
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