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最終話 ㉕

 まだ余韻に浸っている男を残して、別の部屋へと移動する。この男が二部屋あるマンションに住んでくれていて本当に良かったなと思う。  もう1つの部屋は筋トレ用に使っており、様々な筋トレ器具が置かれていた。そのバーベルを持ち上げるための器具の上に寝転がる。男がいる間は大抵この部屋で1人過ごしている。なるべく生気も使いたくないので、ひたすら動かない。  そして、目を閉じて、圭介のことを考える。 「殴っていい?」  突然、上から声が降ってきて、目を開けた。 「……よく分かったな」 「幽霊ネットワークなめんなよ」  亜紀がニコリともせずに寝転がる樹を上から見下ろしていた。 「で、殴っていい?」 「は?」 「あんたみたいな、自分勝手で何にも分かってない奴、一発殴んないと気が済まない」 「……お前に殴られたくない、なんか」 「はあ?? 何言ってんの! 圭介くんの代わりに殴らせろって言ってんでしょ!!」 「…………」  亜紀がきっと樹を睨みつける。 「……圭介くんのために選択はちゃんと考えろって言ったのに。全然分かってないし」 「何がだよ?」 「あんたが逃げる選択が、圭介くんのためになるって思うこと自体馬鹿じゃん」 「……お前、今日口悪くね?」 「悪くもなるっつーの。大体、なんでそっちを選ぶわけ? 馬鹿な理由だと思うけど、一応聞かせなよ」 「……圭介が死ぬのを見たくなかった」 「…………」 「それに、あいつには、家族がいて、友達もたくさんいるみたいだし。俺のせいでそういうの全部手放すことになるのも嫌だと思った。あいつの幸せを……幸せになる権利を奪っているみたいで、それに耐えられなくなった」 「……で、逃げたわけ?」 「…………」 「超自分勝手だね」 「何が?」 「結局、自分のために逃げたんじゃん。圭介くんのためとか言って、自分が圭介くんが死ぬのが怖かったから、自分が圭介くんの幸せを奪っちゃうことが怖かったから。全部自分じゃん」 「……そんなことねぇよ」 「そうだよ。じゃあ、圭介くんの幸せって何?」 「だから。家族とか友達とかそういうの『違うって』」  亜紀が樹の言葉を強く遮った。

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