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最終話 ㉖

「ねえ、分からない? 圭介くんの幸せは、圭介くんしか分からないんだよ。樹が決めることじゃないんだよ」 「…………」 「なんで、圭介くんに確かめないの? 圭介くんが決めることだよ」  沈黙が広がった。相変わらず鋭い視線で樹を見ている亜紀から目を逸らす。 「2人がこの先どうするかも。あんた1人で決めることじゃないんだよ。勝手に消えることじゃないんだよ。まず、2人で話すでしょ? 普通。それが、付き合ってるってことでしょ?」  こんなんじゃ、圭介くんが可哀想。そう呟くように亜紀が続けた。  確かに自分は、自分勝手だったのかもしれない。圭介のためにと思いながらも、圭介と一緒にいるための、圭介の命を奪う覚悟がなくて怖じ気づいただけなのかもしれない。圭介がどうしたいか、圭介が自分にどうして欲しいか、確かめもせずに。亜紀の言う通り、自分は逃げた。 「圭介くん、今、大変なことになってる」 「……圭介が?」 「そう。ねえ、樹がいなくなることで、圭介くんが元の生活に戻って幸せになるなんて本気で思ってたの?」 「…………」 「圭介くん、あんたが消えてから、大学も休んでるし、ベッドの上からほとんど動かないんだよ」 「…………」 「圭介くんが家出してた時のあんたと同じ状態」 「なんで……」 「なんでって、ショックだからでしょ?? あんたがいなくなって。もう、何もかもどうでもよくなっちゃったんだよ」 「…………」  それは、予想していなかったことだった。樹が去ったら、圭介が自分を恨んだり、怒ったりすることはあるとは思っていたが。そんな風に自暴自棄になるなんて思ってもみなかった。 「ご飯も食べないし。このままじゃ本当にヤバいからって。交代で私と岡田が傍にいて無理やり食べさせてるけど。それでももうもたないかも」  亜紀が悲しそうな表情で続けた。 「圭介くん、『このまま死んだら幽霊になってまた樹に会えるかなぁ』なんて言うんだよ。圭介くんから逃げて、こんなとこで別の男とヤってるあんたのことが本当に好きなんだよ。なんでそこが分かんないの??」 「……亜紀」 「何??」 「……力貸してくれ」 「…………」 「人間はまだ無理だ。猫でも犬でもいい。憑けそうな奴、連れてきてくれ」  亜紀がじっとこちらを見た。樹が体を起こすとその視線を受け止めて、見つめ返した。ゆっくりと頭を下げる。 「頼む」  短い沈黙の後、亜紀の声が降ってきた。 「……鳥にする。ここの部屋の窓、開けといて。私が憑いて連れてくるから」 「ありがとう」 「……初めてお礼言われた」  ふっ、と亜紀が笑ってふわりと浮かび上がった。 「なるべく急ぐけど。今、鳥は休んでる時間だから。なかなか捕まらないかも」 「分かった。待ってる」 「じゃあね」  亜紀の姿が消えて、再び静寂が戻った。  圭介。  早く会いたい。会って、謝りたい。次に会えたら。会うことができたら。  もう絶対に離れない。  亜紀を待つ時間が何時間にも何日にも感じた。実際にはきっと1時間も満たなかったのだろうけど。

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