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第2話 ⑪
「ん……」
深い眠りから意識が浮上して目が覚めた。リビングのブラインド越しに明るい光が差し込んでいた。美味そうな卵を焼く匂いが鼻をくすぐる。
圭介はゆっくりと起き上がった。こぢんまりとしてはいるが、綺麗に整えられた台所に目を移す。薄らと透けた樹の後ろ姿が見えた。
「おはよ……」
その後ろ姿に声をかけると、樹が振り返った。よく見ると手だけが有体化しており、手慣れた手つきで卵焼き器を握っていた。
「ちょうど良かった。もうすぐできるから、朝飯」
「作ってくれたんだ」
「今日午後からだろ? ゆっくりできる時はちゃんと食え」
「ありがとう」
「お前、いつもまともなもん食ってねえだろ? そんなんだと倒れるぞ」
「お前に心配されるとは思ってなかったわ」
「心配すんの当たり前じゃん。お前の食生活はそのままお前の生気の質にも繋がるからな。死活問題なわけ。俺にとっても」
「もう死んでんじゃん……」
「うっせーなぁ。揚げ足とってる暇あったら、顔洗って着替えてこい。冷める」
「はいはい」
圭介はベッドから下りると浴室へと顔を洗いに向かった。自然と笑顔になる。どうしても嫌ならば生活の質を落としてでもこのアパートを出て行く選択だってあるのだが。それを留まらせているのは。
「美味そう」
「だろ? 有り難く食え」
「……相変わらずの上から目線だな……」
そう。この時々気まぐれに作られる、樹の手料理だった。本人はあまり多く語りたがらなかったが、亜紀から聞いた話によると、樹は生前、料理人を目指していたらしい。しかもかなりの腕前だったようだ。実家がもともと名のある料亭だったらしく、小さいころから手伝わされる内に才能が開花し、跡取りとして期待されていたようだ。
しかし、理由は定かではないが、高校生の時に家を飛び出してそのまま家とは疎遠状態になったらしい。で、持ち前の器量さでホストとしてお金のあるお姉様方にお世話になりながら金を貯め、まだ遊びたいがために大学に進学し、大学を卒業したら料理人としてどこかに就職でもしようかと思っていた矢先に生涯を終えたそうな。
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