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第2話 ⑰★

 ふと、今朝、この部屋で食べた朝食を思い出した。気持ちが温かくなるような、優しい味が口いっぱいに広がった、あの感覚。 『それだけ圭介くんを大事にしてるってことでしょ? 思いやってるってことでしょ?』  亜紀に言われた言葉が蘇る。 『樹のこと、もうちょっと理解してあげてくれると嬉しいかな』  今だって、ムカつく奴だと思っている。可愛くない性格だし、心配すればうっとうしがられるし。  だけど。  樹の作る料理には。圭介にもはっきりとは分からない温かいような、優しいような何かがあって。それが、亜紀の言う『思いやり』だとしたらそうなのかもしれない。 「なあ」  圭介が声をかけると、視線だけで樹が応えた。 「キスする?」 「…………」  暗闇に慣れた今、樹が探るように圭介を見ているのが分かった。 「……どういう風の吹き回し?」 「だって。もう少し生気必要だろ?」 「……疲れてるだろ?」 「俺は大丈夫。今日はバイトも客少なくて楽だったし」  そう言って、圭介は樹の答えるのを待たずに樹へと体を傾けた。樹の体は透けていた。  暗闇の中、数秒、樹と至近距離で見つめ合う。そのまま、圭介から樹へと唇を重ねた。透けてしまうかと思ったが、樹の唇がしっかりと圭介の唇を受け止めたのが分かった。冷たい感触。でも、柔らかい。  何度か軽くキスをした後、舌を入れた。ゆっくりと樹の舌を捕らえて、絡めた。それを合図にキスが激しくなる。でも、いつものようなそこから急激に熱くなるような激しさではなくて。じわじわと広がるような温かいものが身体中を包むような感覚がした。  気持ちのいいキスだった。自分の体全体から、生気が立ち上って、唇に収縮され、樹へと流れていくのを感じながら。  長い間、舌を絡ませ合っていた。圭介の体が少しだるさを訴えてきたころ。どちらからともなく、そっと唇を離した。樹がふっと笑うのが分かった。 「で。俺の質問に答えてないんだけど」 「え?」 「もう、嫌になった? 俺に奉仕すんの」 「…………」  圭介は数秒沈黙した後、静かに笑って答えた。 「時々ひじき入りの卵焼き作ってくれるなら、一生嫌にならないかも」  樹が一瞬きょとんとした後、呆れたように笑った。 「やっすい交換条件」  そっと手が伸びてくる。優しく頭を撫でられる。  圭介は抵抗もせず黙ってそれを受け入れた。体温などないはずなのに。樹のその掌から、じんわりと温かいものが広がるのを感じた。

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