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第1話 恋の話
「へぇー、そ、それで、付き合い始めたの? 」
依織に告られた次の日。俺は朝から友人の家に上がり込んでいた。
俺の目の前には、頬を赤く染めた友人、鉢屋 埜明がノートを握りしめ座っている。
「そうだけど‥‥なんで埜明が恥ずかしがってんの? 」
「だ、だってずっとはるくん、五十嵐くんのこと気になってるって言ってたから、びっくりした。良かったね! おめでとう」
自分のことのように喜んでくれる埜明。
小学校からの付き合いで、家が近所ということでなにかと一緒にいることが多い。
世話焼きで根が優しいから、結構モテる。
それも男女問わず。
しかも儚げな美人顔。本当に文句のつけようがない。
「でも、やっぱりいいなー。両想いって。俺なんか恋した試しがないわけだし。羨ましい」
「そうか? 」
「え? なんでせっかく付き合えたのに、あんまり嬉しそうじゃないの? 」
そりゃ告白してきた理由が「嫌いじゃないから」って、それどうなのよ。好きなわけでもないってことじゃねぇか。
その後に、放心してる俺を見て腹抱えて笑ってたわけだし、もうなんと言ったらいいのか。
こっちは真剣に好きだったのに。絶対からかわれてるだろ。
なんて言えるはずもなく、埜明の言葉をスルーして鞄を持ち立ち上がった。
「あ、そろそろ時間か。服着替えちゃうからちょっと待ってて」
「悪い。朝早くから相談乗ってもらって」
「いいよいいよー。俺も話聞きたかったし」
いそいそと学校の支度を始めた埜明を横目に、俺は依織のことを考え始めた。
あいつに初めて出会ったのは、高校一年の終わり。場所はもう使われなくなり立ち入り禁止になっている旧校舎の屋上。
ちょっとした好奇心から俺は一人で旧校舎へと入ったのだが、俺はすぐに自分の行動に後悔した。
元々建て付けが悪かったのか、そういう仕組みになっていたのかは分からないが、屋上の扉が開かなくなり、俺は閉じ込められてしまった。
「嘘だろ‥‥どうやって下まで降りよう」
運悪くスマホは手元にはない。
絶望でいっぱいになり、誰か助けを呼ぼうと下を見下ろす為、手すりに近寄った。
その時初めて、ここにいるのが俺だけではなかったことに気が付いた。
そこには、見覚えのない生徒が居た。
癖のある黒い髪。
少し乱れた制服。
気持ちよさそうに目を閉じて、ベンチで眠りこけている。
あまりにも気持ちよさそうに眠る姿に、思わず見惚れていると、突然瞳がパチっと開き、俺を凝視した。
「‥‥‥‥七瀬くん?」
ここに人が居たことにも驚いたが、見覚えのない人物から自分の名前を呼ばれて心臓がドキッとした。
「そうだけど、なんで知ってるの?」
「文化祭でギター弾いてたでしょ。名前出てたから。それより、七瀬くんはどうしてここへ?」
その時、彼が俺に向かって笑いかけた。
少し意地悪じみた、少年の顔。
何か胸を掴まれるような表情に、思わず自分の頬が熱くなった。
「前から興味があって。君の名前は?」
「依織。五十嵐 依織。ようこそ、僕の遊び場へーなんてね」
ベンチから立ち上がって、俺に手を差し伸べる依織。
その手を掴んだ時、俺はあることに気がついた。
俺は依織の笑顔に一目惚れしたんだ。
そのあと依織に別の下へ降りることができる扉を教えて貰い、無事に教室へ戻ることができた。
その後、俺は二年に進級し、偶然にも依織と同じクラスになった。
あの日のことがきっかけで、俺達は仲良くなり、俺はだんだんと依織への気持ちを募らせていた。
だけど、自分の気持ちを伝えようなんて思ったことはなかった。
ただ依織の側でまたあの笑顔が見れればそれで良かった。
「はるくん? 大丈夫、ぼおっとして」
埜明の声で、ハッと我に返った。
「ご、ごめん。考え事してた」
心配そうに俺の顔を覗き込む埜明に顔を向け、頷いた。
依織がどんな思いで告白をしてきたのかははっきりとは分からず、気になるところだが、俺はあまり気にしないことにした。
きっといつものように、依織の冗談なんだろう。
少し苦しくなった胸を押さえ、俺は埜明の家をあとにし、学校へと足を向けた。
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