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「ちょ、あの、依織?」 「やばい七瀬くん。ここ出口から一番遠いよ。あと5分しかない」 一度も俺を振り返らず、ひたすら早足で歩き続ける依織。 今どんな表情をしているのかもわからない。 だけど、さっきから少し早口になっている気がする。 何かを誤魔化すような、焦っているような。 いや残り時間がやばいから焦ってるのもあるんだろうけども。 ギリギリ出口に間に合い、早々と会計を済ます。 「ご利用いただきありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」 「行くよ、七瀬くん」 「う、うん」 外に出て時刻を確かめると午後7時を回っていた。 ピコン スマホから着信音が聞こえた。 「あ、ごめん。ちょっと電話」 「母さん?」 『陽樹。夜外で食べてきちゃって。今家に陽加(はるか)が友達呼んでるから』 「あー了解。適当に済ませるわ。9時前には帰るようにするから」 陽加というのは俺の三つ下の妹だ。 「待たせてごめん。依織って夜外で食べていい感じ? 俺親に外で食べてこいって言われちゃって、もしよかったら一緒になんか食べない?」 依織に声をかけるけど、返答がない。 後ろを振り向くと、何か考え事をしているようだ。 「依織?」 肩をぽんっと叩くと、依織はハッとしたようにこちらを見た。 「え? んん」 まだ少しぼおっとしているよう。 熱でもあるのかと思い、依織の頬に手を伸ばした。 「っ! なに?」 「いや、体調悪いのかなって思って」 頬に触れた途端、依織がばっと俺から顔を背けた。 「え、えっと、腹減ったね。七瀬くん何食べたい?」 「依織? なんか変だよ。もしかして疲れた?」 歩き始めた依織の顔を覗き込む。 そこには照れたような赤い顔が。 「依織、照れてんの? さっきの‥‥フギャッ!」 急に依織が俺の頬を両側から引っ張ってきた。 「ふふっ、不細工な顔」 「いヒャい、まへろよー!」 「じゃあそんな簡単に僕を煽るような真似はしないで。またキスするよ」 え‥‥。 ドカッと一気に俺の体温が上がる。 俺が見たことのない、依織の男の顔。 『またキスするよ』 それって、冗談じゃなくて、本気で? 「ほら、またそんな顔。でも今日の目的は達成できたね」 「も、目的?」 依織の手が俺の腰に回り、距離が近くなる。 「僕の恋人としての意識。少しは僕のこと、恋人だって思ってくれた?」 そんなの‥‥そんなの。 期待するじゃないか。 「お、思ってない!」 依織が少し驚いた顔をする。 だって、まだちゃんと言ってもらってない。 まだちゃんと、伝えていない。 「だって、嫌いじゃないとは言われたけど、す、好きだとか、言われてないし。俺も、言ってないし‥‥」 依織の顔を直視できず、依織の胸に頭を寄せる。 「だから‥‥ちゃんと、ちゃんと言って。俺も‥‥、伝えるから」 依織の心臓の音が聞こえる。早くて、熱くて。俺と同じ。 「‥‥ちゃんと、聞けよ?」 「うん」 その時、顎をグイッとあげられ、必然的に依織と目が合う。 「七瀬くん、僕と付き合って。 ずっと前から、七瀬くんのことが好きだった」 俺を抱きしめる腕が震えてる。 「うん。俺も‥‥」 ちゃんと伝えなきゃ。 「俺も、依織が好き‥‥」 俺はそっと、依織の背に腕を回した。 依織は本当に嬉しそうに、あの時とはまた違った笑顔を見せて、俺の頬にキスをした。 やっと俺達は、本物の恋人になれた。 後でちゃんと、埜明に報告しなければ。 第1話 恋の話  end

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