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第3話 モノに釣られた話
春と言うには暖かく、残暑にはまだ遠いこの季節の土曜日の朝。
突然かかってきた着信音に目を覚ますと、相手はまさかのあの依織。
出て開口一番、
「七瀬くん、僕〇〇公園にいるから早く来て! 待ってるねー」
と言われ、俺は今慌てて身支度を整えていた。
「お! はやいはやーい。七瀬くんおはよう」
自宅から自転車で10分。
依織は日陰のベンチに座り、こちらに手を振っていた。
「お前本当に性格が悪い。まだ寝てたんだぞ? 俺の睡眠を邪魔するな」
当たりを見渡すと俺達以外は誰もいないようだった。
まぁ、こんな時間帯に公園に来るのはランニングをしてる人ぐらいだろう。
「で、何で俺を呼び出したんだよ。何か相当な理由があってのことなんだろうな?」
「うん。僕にとってはとても大事なこと」
「なんだよ」
「それより立ってないで座ったら?」
俺の腕を引いて横に座らせる依織。
「今日はね、七瀬くんに会いたかったのもあるんだけど、見せたいものがあってね」
そう言って鞄を何やら漁っている。
取り出したのは、ささみだった。
「は? 俺に見せたいものってささみ?」
「なわけないでしょ、これで釣るんだよ」
依織は立ち上がるとささみを袋から一つ取り出し、茂みの方へ向かって何やらぶつぶつ言いながら歩いて行った。
「釣るって何を‥‥」
その時、茂みの奥から何か黒い塊が飛び出し、依織のささみに食らいついた。
その何かを腕に抱え、依織がこちらへ戻ってくる。
「ほら、みてみてー」
依織の腕の中にはまだ小さな猫がいた。
「うわー! 可愛い。撫でてもいい? 人馴れしてるんだな」
「いいよいいよ。毎日ささみをあげるようにしたら懐かれちゃった」
首の下を掻いてやると、気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らした。
「ふふっ、可愛いなー。癒される」
ついデレデレしてしまう。
叔父が猫を飼っていたから、猫は大好き。
久しぶりに触るふわふわの感触に顔が緩む。
「依織はいつからこの子にささみをあげるようになったんだ?」
子猫から視線をあげると、照れたように頬を赤くしていた依織。
その視線は猫ではなく俺に注がれている。
「依織?」
「はぁ、僕も最近だよ。二週間くらい前からあげてる。もう本当に可愛すぎ」
「だな。俺猫にだったら負けてもいいかも。こんなに可愛くて愛くるしい動物はいないって」
「僕もそう思う」
俺にも子猫にもそっぽを向いて、ますます顔を赤らめながら言う依織。
そんなに猫が好きだったなんて知らなかった。
「抱っこする?」
「する!」
依織から子猫を受け取る。
実際に自分で抱くと、ミャーと鳴いてささみをねだる。
「はいはい、今あげるからなー。本当にささみが好きなんだな」
ベンチに座り膝に子猫を乗せると、そのまま子猫は眠りこけてしまった。
「あーもう、可愛い。幸せだわー」
子猫の頭を撫でながら、俺もうつらうつらと眠気に襲われる。
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