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第2話
「南先生、来ましたよ」
「入っていいぞ。菫谷、ごめんな……委員長になって早々こき使うみたいで」
「気にしないでください、大丈夫ですよ」
美術室の更に奥、そのドアを開けると油絵の具の独特な匂いと共に、白衣姿の先生がキャンバスに向かって筆を走らせていた。
「ちょっと待っててな、今そっち行く」
「僕が行きますから先生はそのまま絵を描いててください」
小さな部屋には画材道具が散乱して、とても綺麗とは言えない光景が広がっている。
デスクの上には資料や教材、絵を描く時に使う筆がいくつも置いてありその一角にはプリントのような物が見えた。
「汚くてごめんな、そこにあるプリントを明日の朝一で配って欲しいんだ」
視線の先にあるそのプリントの束に手を伸ばすといつの間にか先生が歩み寄って来ていて、自分より先にそれを掴むと僕に渡してくれた。
「これを配ればいいんですね」
「そう。俺、忘れっぽいからこういう配布物ってよく配るの忘れるんだよ」
「え、それダメじゃないですか」
気まずそうに「だよな」と呟き苦笑いを浮かべる横顔は、先生と言うより自分と同年代のようなあどけなさがある。
(こういうのが女子に人気があるんだろうな……)
そんな事が脳裏を過ぎり、またちょっとだけ胸がチクリとした。
「菫谷みたいにしっかりしてないからさ。あ、あと昨日ありがとな、肉じゃがすげー美味しかった」
「僕を呼び出した本当の理由ってもしかしてそっちですか?」
「バレた?」
引っ越ししてきたマンションの部屋の隣りに先生が住んでいるなんて、そんな少女漫画のような偶然あるわけない。
最初はそう思っていた。
だけどある日、マンションのエレベーターで一緒になった時に声をかけてみると本当に先生と部屋が隣り同士だった。
それからは会うと挨拶をする程度だったけど、ある日たまたま作り過ぎた夕飯のおかずを先生にあげたのをきっかけに、その後も作り過ぎると時々届けることが日課になっていった。
「お礼なんていいですよ。先生って、ほっといたらご飯も食べないで絵ばっかり描いてそうだから。だからたまにはちゃんとしたご飯食べて欲しいんです」
「確かに夢中になるとそればっかりって所はある。でもなんか悪いよな、いつもいつも」
「父親が仕事で遅いから必然的に僕が夕食を作ることになるので、それは気にしなくていいですよ」
「そっか……でも、菫谷が作る飯はどれも美味いから俺は助かるけど、こう毎回じゃ申し訳ないなって」
気にしなくていいと言ってもきっと気にするんだろうな。
そんな気がしたからあえて僕は話題を変えた。
「ところで、ずっと気になってたんですけど何で白衣着てるんですか?」
「え? あ、これ? 服が汚れるから。他意はないし、絵描く奴ってみんなそうなんじゃないのか?」
「僕が知るわけないじゃないですか」
「それもそうか。ま、とりあえずこれお願いな。あと、うちにおかず届けてくれるのもほどほどでいいから」
矢継ぎ早にそう言った先生の表情が少しだけ曇ったことに気づいたのに、僕はそれを見て見ぬフリをしてしまう。
そして「分かりました」とどっちに対しての返事か分からない返事をして準備室を後にした。
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