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第5話

それからも、学校で僕達が教師と生徒の枠を越えることもなく、もちろんあの夜に先生から聞いた話をするわけもなく、いたって平穏な日々は過ぎていった。 「なぁ、志望大学って決まった?」 「まぁ、だいたいは」 「菫谷は頭いいから選び放題でいいよな。俺なんて入れる大学探す方が大変」 そんなある日の放課後、クラスメイトの黒川(クロカワ)と進路の話をしていてふと気づいた。 こうして先生と一緒にいられるのは卒業までのあと半年くらい。 当たり前に毎日会っていたのが当たり前じゃなくなる。 そう自覚したら急に寂しさが込み上げてきて、黒川の話し声が遠くに響くような、そんな、どこかに投げ出されたような感覚を覚えた。 「なぁ、菫谷……菫谷?」 「え? ごめん、聞いてなかった、何?」 「お前学級委員長で南先生と結構話する機会多いだろうから知ってたら教えて欲しいんだけど、先生の今後のことで何か言われたりしてないか?」 突然、先生の話題を振られただけでもびっくりしたのに、黒川がよく分からないことを言い出すから思考がついていかない。 「今後のこと? どういうことだよ」 「職員室に用があって行った時に、知らない先生同士が話してたのをたまたま聞いちゃったんだけど……」 黒川が聞いてしまったという会話。 少し言いずらそうに話してくれたその内容を知った僕の頭の中は、一瞬にして真っ白になった。 「先生のとこに言ってくる!」 「え?! ちょっと待てよ!」 引き止める黒川の声に耳を貸すことなく、教室を飛び出した僕は準備室へと駆け出す。 (まさか、そんなことが。いや、違う……絶対そんなことない。そんなこと言われてないし、そんな素振りだって) 無我夢中で廊下を走りながら頭の中で行ったり来たりする思考。ぐちゃぐちゃに絡み合って何がなんだか分からなくなる。 (とりあえず先生に会って話を聞いて、それからだ) 落ち着かせようとそう自分に言い聞かせ、やっとの思いで準備室の前まで辿り着いた。 深く深呼吸してドアをノックしてみる。だけど返事はない。 更にもう一度。でも、結果は案の定同じ。 とりあえず準備室へと続くドアに手を掛けるとドアに鍵はかかっていなかった。 中に入ってみるとやっぱり誰もいなくて、そこにはいつも先生が描いてる肩幅以上ある大きなキャンバス。その隣には白衣が置いてあり、キャンバスにはいつもは掛けられていない白い布が掛けられていた。 先生がどんな絵を描いているのか気になった僕は、それに手を伸ばしゆっくりとその布を取る。 ……するとそこには、色鮮やかな絵の具を使って描かれたすみれ畑が、キャンバス一面に広がっていた。

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