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第6話
「おい、勝手に見るんじゃねーよ」
僕がそのまま見入っていて、突然背後から聞こえてきた声にびっくりして振り返ると、苦笑いを浮かべた先生が立っていた。
白衣姿じゃない、きちんと上着まで着たスーツ姿の先生を見るのは久しぶりで僕が固まっていると、先生はそのまま歩み寄ると距離を詰め、再び口を開いた。
「なんて顔してるんだ」
「……え」
「鳩が豆鉄砲食らったような顔してるぞ?」
「だって、白衣姿じゃない先生あまり見たことないから……」
「なに、そんなかっこよかったか?」
軽い口調でいつもと変わらない態度の先生。
勝手に絵を見てしまったこともそれ以上特に咎めるわけでもなく、怖いくらいにいつも通り。
だからか、逆に僕はそれが何かを隠しているような気がして、さっき黒川から聞いたことの真相を聞くのが余計に怖くなってしまった。
「菫谷、どうした?」
そんな、立ち尽くしたまま何も言えないでいる僕の様子に先生が心配そうに声をかける。
「……先生、僕は先生から見たらまだまだ子供かもしれません」
そして突然おかしなことを言い出した僕に、先生は次第に少し焦ったような戸惑ってるような表情になっていく。
「本当は、いけないことだってことも分かってます」
「……菫谷」
「突然こんなこと言っても、先生には迷惑でしかないことくらい分かってます。けど、先生がいなくなってしまったら……そう思ったら……」
自分でも何を言ってるのか分からなかった。
ただ、目の前の先生の表情がさっきよりもだんだんと強ばっていくのだけは理解出来て、あぁ、これで先生に嫌われてしまった……そう実感した。
なのに、先生の口から出てきた言葉は意外なものだった。
「それ、どこで聞いたんだ」
「え……?」
「今、俺がいなくなったらって言っただろ」
「それは……黒川が職員室で聞いたらしいんです……先生が学校を辞めるって。だから……」
「菫谷、とりあえず一回落ち着け」
そう宥めるように先生が僕の肩に手を置く。
そして先生は少しだけ視線を逸らすと言葉を続けた。
「……学校は辞めない」
「本当ですか?」
「あぁ……辞めるわけではないんだ……でも……」
辞めないと聞いて楽になるはずの気持ちは未だモヤモヤしたまま。
それは、目の前の先生があの日見た時と同じような……とても辛そうな顔をしていたから。
「……先生?」
「…………」
そして何も言わない先生は、僕の肩に置かれていた手をゆっくり離すと……次の瞬間一気に視界が暗くなり、それは一瞬の出来事だった。
聞こえてきた「ごめん」と小さく呟く先生のか細い声とため息。
突然のことに、身体が固まったままの僕を優しく抱き寄せた先生は、僕の頬に再びキスを落とすと……
「……ごめんな、菫谷。今は何も言えない。けど、来年卒業式の後に全て話すから。だから、それまでは……」
辛そうな表情のまま、そう告げた後に僕から身体を離すと、それ以上何も告げることなく部屋を出ていった。
一人取り残された部屋は薄暗く、いつの間にか日は沈んでいて、さっき起きた出来事は事実だったんだと、僕は夢から覚めるようにゆっくりと実感していった。
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