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ホストクラブ☆怒羅権(1/3)

「ドラゴン退治に行ってこい!」  それは命令という名の呪いで、魔法の杖から発せられた黒いもやは、たちまち僕の身体に染み込んだ。  僕はこれから気持ちよくなるところだったのに、師匠の魔法にがんじがらめにされて、強引に引き離される。  目の前では、おっ立てたままのおじさんが、師匠にほうきでぶっ叩かれていた。 「うぐっ! 待ってくれ! これは練習だ、エリオットがほうきに乗るための練習っ!」  そのあいだも師匠のほうきはオートメーションでおじさんの身体を叩き続ける。師匠は腰に手をあて、おじさんに向かって大きな声で叫んだ。 「この浮気者!」 「誤解なんだ。エリオット、お前からも何か言ってくれ!」  ぴたりとほうきが動きを止め、師匠とおじさんが僕を見る。 「僕のおしり、外がぷりぷり、中がとろとろで、気持ちいいんだって」  一瞬の静寂のあと、ほうきは再びおじさんを叩き始め、師匠はまた金切り声を上げ始めた。おじさんはパンツを頭に被り、背中を丸めている。 「ゆ、許してくれ! ゆるしてっ!」 「許すもんかい! あんな年端もいかないガキに突っ込んで、何が楽しいんだい!」  僕は270歳を超えていて、全然ガキじゃないんだけど、そんな口を挟める雰囲気でもなく、ただおじさんの元気ないたずらっ子に鋼鉄の貞操帯が取り付けられるのを見ていた。  そのあと僕もおしりをほうきでバシバシ叩かれた。「やん……痛いっ」て声を上げたらおじさんのいたずらっ子が貞操帯のなかでパンパンに膨れて、また師匠の怒りの矛先がおじさんに向いた。その隙に僕はシャワーを浴びて服を着て、師匠の金庫から軍資金と今までの給料と慰労金をもらい、ほうきに乗った。 「おしり、ひりひりする」  いつもならほうきの柄にまたがると気持ちいいのに、今日はそんな気分じゃなかった。 「ドラゴン退治に派遣するなんて、ただの懲罰人事だよ。悪いのは僕の魅力に抗えなかったおじさんじゃんねー」  僕は不満を口にしつつ、ドラゴン退治の方法を考えた。 「水を移動させる魔法しか使えないのに、退治なんて無理だし。ドラゴンのアレってどのくらいの大きさだろう。僕の中に入るかな? ウロコがついてると、生でやったときに引っかかって、ちょっと気になるんだよな。でも僕の武器は外はぷりぷり、中はとろとろなおしりしかないから、がんばらなきゃ!」  途中、森で薬草をつんで、その汁をおしりに塗った。傷が癒えるのを通り越して、おしりはぷるぷるのぴかぴかになり、木々がざわざわと動き出す。  この森の木々はエッチだ。おいしそうな旅人を見つけると、木のくせに動き回って旅人を道に迷わせ、つる草で絡めとる。そして旅人の身体がぼろぼろになって使い物にならなくなるまで、自分たちの相手をさせ続ける。最期は森の養分にして、証拠隠滅だ。  僕はほうきに乗って、伸びてきたつる草をかわし、森の上空まで一気に飛び上がった。 「大事にケアしてるおしりを、お前らなんかにボロボロにされてたまるか!」  僕を見上げて悔しそうに身体を揺らす木々を尻目に飛んで、硫黄の匂いが漂う火山のふもとに降りた。  草木は枯れ、その岩肌に触れるだけでも地熱でほんのり暖かい。この地熱がドラゴンの卵を孵化させるのに最適なので、ドラゴン生息地として勇者たちには有名な場所だ。 「腐乱も進みやすいけどね」  討伐に失敗したのか、事故か病気かはわからないけど、いろんな形の骨がごろごろしてて、ほうきで左右に蹴散らしながら道を進む。  めざす洞窟の入口はとてもわかりやすかった。きらびやかな電飾で縁取られていたからだ。  その入口の脇に、ものすごく大きな写真が貼られていた。襟を立てた白シャツ姿のドラゴンだった。加工がすごくて、緑色のうろこの一枚一枚がきらめいている。そして髪の毛のワックスの揉みこみ具合が素人ではなかった。 「ホストクラブ☆怒羅権……?」  写真の下に手書きの文字を見つけた。ごつごつした岩に直接ペンキで書いてある。 ☆☆☆☆☆ ホストクラブ☆怒羅権 【初回限定】90分体験コース イケメンホストと過ごす夢のような時間… 通常料金10シルバー → 今なら300コッパー! 飲み放題、チャームつき 選べる特典! 全部選んでもいいよ! 1.人気ホスト指名無料 2.オリジナルカクテルプレゼント 3.チェキ撮影サービス 詳細は店内にて! 店長の気まぐれ料金ルーレットあり! ☆☆☆☆☆ 「300コッパーは安いな。お昼は火山パイか温泉蒸しパンにしようと思ってたけど、同じ値段で飲み放題なら、こっちがいいかも」  財布の中身を思い浮かべていたら、ドアが開いた。同時に写真と同じ緑色のきらきらうろこ白シャツ襟立てヘアワックスドラゴンと、ビートの効いた音楽が出てくる。 「へい、ベイベー。旅の途中かい? 疲れてるだろう。今ならナンバーワンホスト、このガルド様がお相手するぜ! おいしいドラゴンまんじゅうが蒸しあがったところだ。食べていきな!」  僕より頭一つ分大きいくらいの小柄なドラゴンは、鋭い爪が生えた手で親しげに僕の肩を抱いた。背中の羽をぱたぱた動かしながら、僕の耳に口を寄せ、甘く低い声でささやく。 「黒玉子と、肉と野菜の地獄蒸しもそろそろできあがるからさ。このガルドくんと一緒に食べようZE☆」  ガルドは人差し指と中指をこめかみにあててウィンクする。 「ホストクラブなのに、性欲より食欲に訴えてくるんだね……。ただのオカンキャラ、あるいはスナックのママじゃん」 「きみ、スナック行ったことあるの? くわすぃねぇ!」  ちょいちょいしゃべり方がうざいガルドに300コッパーを渡し、僕はビロードの椅子に座った。  店内は岩肌が剥き出しだったけど、キャンドルライトがゆらゆらと揺れていて、雰囲気は悪くない。 「はーい。こんにちはちゃーん! 俺はこの店のナンバーワンホストのガルド! 指名料は特典に含まれてるから、心配しないでNE♡」  その言葉に、僕は改めて店内を見回す。キッチンを囲うバーカウンターと、ボックス席が三つあるが、誰もいない。キッチン周辺にだけ使い慣れた道具が使い慣れた場所に収まっていて、それ以外の調度品はすべて新品のまま、時間の経過で色が褪せているように見える。バーカウンターでライトアップされている酒の瓶も、よく見れば埃で少し曇っていた。 「ナンバーワンも指名も何も、この店、ガルドしかいなくない?」 「そうなんだよー。働く人も、遊びに来る人もいない土地でさ。趣味でやってる店だから、いいんだけどNE♡」  背中で羽がぱたぱた動いていて、こんなに上機嫌なドラゴンもめずらしいなと思う。 「ごきげんだね」 「うん。だって初めてのお客さんだもん! うぇぇぇぇぇい!」  ガルドのテンションが高まれば高まるほど、僕のテンションは下がっていく。そして僕のテンションが下がれば下がるほど、ガルドは焦って声を張り、身振り手振りを大きくした。 「さあ、盛り上がっていきまっSHOW! 君のこと、何ちゃんって呼べばうぃうぃ?」 「んー。聖子でも明菜でも、なんでも好きな名前で呼んで」  すっかり面倒くさくなっていた。ガルドは目を細めて僕を見てから、両手の人差し指を僕に向ける。 「わかったよ。君はエリオットちゃんだNE♡」 「すごい、なんでわかったの?」 「エスパーだからです!」  そう言う目線の先をたどり、隣に置いていた僕のほうきに『エリオット』と刻印があるのを見た。 「そりゃわかるわ」
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私だってたまにはファンタジー小説を書いてみたかったんです。