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死んでも転生しなかった(1/2)
猫を助けようとして車道に飛び出した瞬間、トラックがけたたましいブレーキ音を立てて迫ってきた。
僕の反射神経じゃどうにもならなかった。痛みも衝撃も感じないまま、視界が暗転した。
「僕、死ぬのかな。それなら転生して勇者になりたいな」
次に気づいた時、僕は赤い橋の上にいて、腕にはあの猫がしがみついていた。橋の下には浅い川が流れ、遠くで小舟が揺れている。川辺では子どもが石を積み上げていた。
「……三途の川?」
「にゃあ」
猫が肯定するから、そうなんだろう。
多くの人が船に乗ったり、橋を渡って、三途の川を越えていく。
橋を渡ると『閻魔大王との面接はこちら』と書かれたカウンターが見えた。足元で小さな鬼が跳ねながら叫ぶ。
「はーい、みなさん死んでまーす! 閻魔様との面接にお進みくださーい!」
僕がカウンターに進むと、閻魔大王が書類をめくった。
「品川環さん、18歳。猫を助けて死んだのか。お疲れ様。気がかりは、今朝、お母さんとケンカして、お弁当を持って行かなかったこと。あとでお母さんの夢枕に立って、謝っておきなさい。泣き顔を見せると心配させるからね、笑顔を見せるといいよ」
後ろから低い声が割り込んできた。
「へえ、猫か。俺は犬をかばって死んだよ」
振り返ると、黒髪で鋭い目の男が立っていた。
「大崎有さん、君も18歳か。犬のポチくんは助かってるみたいだ、よかったね」
閻魔大王はニッコリ笑ってくさい息を吐いた。
「さあ、次は須弥山まで行って転生か永住の手続きだ。少し距離があるけど、49日以内を目標に到達するようにな。一里ごとにお茶の接待があるから、二人でおしゃべりでもしながら行きなさい」
閻魔大王が手を振った。男が肩をすくめて僕を見た。
「行くか」
「そうだね」
僕らは赤い橋と閻魔大王から離れ、霧がかった山道を歩き始めた。猫は僕の腕で丸まり、有は黙って隣を歩く。遠くにぼんやり須弥山の影が見えたけど、道は長そうだった。
「49日かけて歩くらしいぞ」
「実際の距離も時間もよくわかんないから、ペースがつかめないね」
「スマホ、ないもんな」
そう話し合う僕たちを、多くの人が追い抜いていく。
「みんなが足早なのも、わかる気がする。最初のうちに距離を稼いでおきたいよね」
僕たちも少し速度を上げて歩いた。
霧が辺りを包み、木々のシルエットがぼんやりと浮かぶ。
死んだら一方向に進むものだと勝手に思い込んでいたけれど、たまにすれ違う人もいた。
「スキー場のリフト並みに違和感があるな」
「その感覚、わかる。子どもの頃、怪我して下りのリフトに乗せてもらったことがあるけど、すごい視線を感じたもん」
一里塚に着くと、風情のある茶屋があった。古い木の柱に支えられた屋根の下、湯気の立つ茶碗が並び、ほのかに茶葉の香りが漂っていた。
たくさん歩いてきたからか、足が重く感じた。茶屋の奥には足湯と足つぼマッサージのコーナーがあり、小鬼が「疲れた足にどうぞー!」と呼びかけている。
僕らは茶碗を手に持ち、足湯に浸かった。温かい湯が足を包み、疲れが溶けていく。
「ポチってどんなわんちゃんだったの?」
沈黙が重くて、僕が口を開いた。
「雑種。よく吠えるヤツだけど、俺には懐いてた。最後、車に轢かれそうになってさ。まあ、お前と同じだな」
有の声が少し震えた。僕も今朝のことを思い出した。母さんが作ってくれた弁当をテーブルに残したまま、家を出た。
「僕、なんで弁当を置いてきちゃったのかな。母親の手料理を食べる、最後のチャンスだったのに」
「後悔って残るよな。俺も、アイツともっといっぱい遊んでやればよかったって思ってる」
有が目を伏せた。その横顔に、同じ寂しさが滲んでいる気がした。
「お前、優しいんだな。猫のために死ぬなんてさ」
有がぽつりと言った。少し驚いて顔を上げると、鋭い目が僕をじっと見つめていた。
「有だって、犬のために死んだじゃん」
「まあな。お互いバカだよ」
有が小さく笑った。その笑顔が柔らかくて、霧の中で妙に鮮やかに見えた。胸がざわついた。
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